第59話「〈剛力〉」

 突如として現れた巨大な〈からくり〉——〈剛力ごうりき〉を前に、シマダの脳裏にある光景がよみがえる。多くの人を、〈からくり〉を、その剛腕で振り回し、叩き潰していく様は非常に粗暴かつ悪趣味で、シマダならずとも多くの武士は忌避きひしていたものだ。


 だが、その強さに疑いはない。


虚狼団ころうだん〉が〈人弾ひとだま〉どころか、〈剛力〉という戦力すらも持ち合わせていた空恐ろしさを、シマダは確かに感じていた。同時、ただの〈野盗やどり〉の集まりが、これだけの〈からくり〉を所有できるはずがない——その疑念はすぐさま、チヨの叫びにかき消された。


「〈剛力〉だか、なんだか知らねぇが!!」


 大刀を手に、愚直に突っ込んでいく。


「よさんか、チヨ!」


 声を張り上げるも、間に合わない。チヨの〈大刀〉は大きく飛び跳ね、操縦席目がけて大刀を突き出すが——片腕のみで防がれた。〈剛力〉は刃をわしづかみにし、チヨの〈大刀〉はぶらんと垂れ下がる。


「こ、こいつッ……!」

「チヨさんッ!」


 オシロの〈まこと〉までもが走り出す。腰から刀を二振り引き抜き、チヨを掴んでいる〈剛力〉の腕関節を断ち切らんとするが——無造作に空いた腕を振るわれた。とっさに防御に回した刀は二降りとも真ん中から折れ、オシロは仰天そのままに吹き飛ばされた。


「馬鹿者が!」


 シマダも駆け出し――狙えるか? と口内でつぶやく。


 チヨの〈大刀〉に飛びつき、肩を足場代わりにして飛び上がる。いきなり真正面に飛んできたシマダを前に操縦席の〈野盗やどり〉二人は一瞬だけ驚く気配を見せたが——次の瞬間には、にやり、と歪んだ笑みを浮かべた。


「——むッ!?」


 シマダはとっさに、空中で長刀を振るった。〈剛力〉の両肩には銃身が備えつけられてあり、それがシマダの接近を防いだのだ。


 なす術もなく着地したところに、チヨの〈大刀〉が泥にまみれた地面にぶん投げられる。〈剛力〉は眼前のシマダ目がけて、両腕を思いきり真上へと持ち上げた。


「くッ!」


 シマダは反射的に飛び退った。強烈な振動が大地を揺らし、轟音が村中に響き渡る。駄目押しのように、〈剛力〉の両肩から銃弾も放たれる。後方に下がりながら斬り落とすが、まるで近づけない状態にシマダは舌打ちしたくなった。


(厄介だな……)


〈剛力〉はその巨体ゆえに、運用が難しいものだとシマダは記憶していた。動かすための〈星石〉も並の〈からくり〉より倍以上必要で、しかも燃費が悪い。まるで長期戦に向いていない〈からくり〉ではあるが——見る者に恐怖を与えるという意味では、うってつけの機体といえた。


 目の前の〈剛力〉はさらに改良を重ねている。剛腕による破壊力はそのまま、他に銃を設けることで接近を防ぎ、操縦席を二つに増やすことで運用を使い分けている。ゴロウが「〈城〉を墜とすつもりかもしれない」と言っていたが、あながち冗談ではないようだ。


「——チヨ、オシロ! 返事をしろッ!」


 一拍遅れて、「おおよ!」と〈大刀〉が拳を振り上げた。装甲に亀裂は走っているが、腕も足も健在だ。まだ走れるだろう。


「先生ッ! 私はまだ、動けます!」


 オシロもまた、倒したばかりの〈からくり〉から刀を奪い取り、両手に持った。彼女の額からは血が流れているものの、目には迷いがない。シマダですら内心で舌を巻くほどの苛烈さを帯びたオシロに、我知らず口の端を持ち上げた。


 チヨとオシロが合流する。


〈剛力〉の乗り手二人は、不敵な笑みを浮かべていた。何人来ようが結果は同じ――その不遜ふそんな態度が目に現れている。


「——で? どうするんでぇ、シマダさんよ?」

「操縦席を狙おうにも、あの剛腕と銃が邪魔をします。背中から狙いますか?」

「……いや、あの銃はおそらく後ろにも向けられる。そのために二人乗っているのだろう」

「じゃあ、どうしろってんだよ……!」


 歯ぎしりし、地団太を踏むチヨを省みず——「月が出てきたな」


「ああ?」


 シマダの視線の先——うっすらとではあるが、雲の隙間から光が差し込んでいる。いつしか雨足も弱くなっていた。チヨとオシロがそれに気づいた時、シマダは二人にそれぞれ首を向ける。


「ここからが正念場だ。覚悟はいいか?」

「何を当たり前のこと、言いやがってんでぇ!!」

「覚悟ならば、とうにできていますッ!」

「ならば、よし」


 その時——遠くで、だぁん、という発砲音が聞こえた。三人は音のした方向に振り向き、「鉄砲……?」とオシロが我知らずといった具合につぶやいた。


「まずいな」

「鉄砲隊でも出てきたってえのか?」

「おそらくはな。雨が止んだのを見計らい、控えさせていたのだろう。それにあの音は〈からくり〉用の銃のものだ。大砲ほどではないが、脅威であることに変わりはない」

「……ちッ! 目の前にはコイツがいるってのによ!」


〈剛力〉を操る〈野盗り〉二人は先ほどから下卑た笑いを浮かべている。勝てるものか、倒せるものか——四つの目がありありと、そう語っていた。それに加えて入り口の方角から、無数の足音が聞こえてくる。それは紛れもなく〈からくり〉のもので、〈虚狼団〉の追撃であることに疑いはなかった。


「まずいな」

「どうします、先生……!」

「悔しいが、力押しで勝てる相手じゃねぇ。だけどよ、さっさとコイツを倒さないと……!」

「ならば、わたくしの出番でしてよ」


 鈴を転がすような声が、三人の頭上に降りかかる。派手な着地音を響かせ、おもむろに立ち上がったのは、リタの〈クリムゾン〉だった。雫に濡れた紅い装甲が、月明かりを受けてきらびやかに反射している。


〈クリムゾン〉を振り向かせ、ふぅ、とリタが呆れの吐息をつく。


「シマダ様とあろうものが、〈剛力〉程度にされているなんて、少々がっかりですわ」

「返す言葉もないな……」


 リタは懐から扇を取り出し、ぱっと開く。


「まぁどうせチヨが勝手に突っ込んでドジを踏んで、オシロがそれに続いただけなんでしょうけれど」

「う……」

「な、なんでぇ! 見てやがったのか!?」

「まさか。少し頭を働かせればわかることですわ」


 ぱたぱたと扇ぎ——すぐに懐にしまい込む。〈クリムゾン〉は〈剛力〉と相対している状態で、〈剛力〉の操縦者は乱入者に驚いている様子だった。


「——リタ」

「はい、なんでしょう?」

「この〈からくり〉、頼めるか?」

「構いませんことよ」


 なんの気負いもなく言ってのけるので、チヨもオシロも色めきだった。


「おいおい、何を言ってんでぇ!?」

「一人では無謀ですよ!?」

「あら、私も見くびられたものですわね?」


〈クリムゾン〉は腕の盾で操縦席を庇うように、かつランスを腰だめに、槍先を〈剛力〉に向けて構えた。


「さぁ、参りましょうか」


 装甲に残った雨粒を振り飛ばすが如く、〈クリムゾン〉は疾走した。

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