第58話「ワカとリタ」

 大地が——村自体が震えた。


 今、戦うことが困難な村人たちはギサクの家に集まり、身を寄せ合って震えている。中には呼吸すら困難な男性もいて、母親と思しき女性が懸命に背中を擦っている。「大丈夫、大丈夫だから……」と何度も励ましている様を、リタは横目で見つめていた。


 雨足が強まっている。夜には止むとのことだったが、この空模様を見る限り、とてもそうは思えない。すぐ近くにて片膝をついている〈クリムゾン〉も、全身くまなく濡れている。関節に水が入り込めば厄介だろうが、そこは手入れをしてくれたムクロたちを信じる外ない。


 リタが入り口へと向かう。村人たちの視線が一斉に背に集まる。ゆっくりと振り返ると、怯えと不安、そして懇願の意思を込めた眼差しがいくつもあった。


「大丈夫でしてよ」


 リタは扇を開き、ぱたぱたと自らを扇いだ。


「シマダ様たちが戦っている以上、負けることはありませんわ。ただし、万が一ということもありますから、わたくしは様子を見ていきますの」


 それでも村人たちの顔から不安の色は払拭できていない。シマダならば、あの人の言葉ならば聞き入れ、信用するかもしれない——リタは心のどこかでシマダに羨望と、かすかに嫉妬の感情を覚えていた。


「待っておくれ、リタ様」


 声を発したのは、布団の上で横たわっていたハツだった。ワカの家から連れ出され、静養していたのである。


 ハツは無理やりといった具合に身を起こし——手を貸そうとしたイヅにやんわりと断ってから、両の眼でリタを見据えた。


「なんでしょうか、ハツ様?」

「ワカは、あの子は大丈夫かね?」

「私が稽古けいこをつけましたもの。それに〈からくり〉も整備は万端。雑兵ぞうひょう程度ならば蹴散らすぐらいはできますわ」

「そうかい……」


 リタは扇を扇ぐ手を止め、「ご安心なさい」


「何があってもワカだけは、この村に帰しますわ」


 ハツを支えているイヅと視線を交わし——その瞳は不安と疑念とが渦巻いている——しかし何も言わずに、ギサクの家から出た。


 入り口の脇には愛機〈クリムゾン〉が、そしてワカの〈地走じばしり〉とが控えている。〈クリムゾン〉とは異なり、〈地走〉は軽く膝を曲げた状態で六枚の盾の内、左右二枚を前に突き出すようにしている。


 ワカはといえば、頭からずぶ濡れで、しかし操縦桿から手を離す気配がない。


「ワカ」


 呼びかけたものの、こちらを向く気配がない。雨音で声が届かなかったのか、あるいは全身に力が入っているのか――おそらく後者だろうと思い、もう一度声を張ってワカの名を呼んだ。


「——あ、リタ様。ごめんなさい、気づかなかった」

「いいえ、構いませんことよ。……ご安心なさい。これから私が、〈野盗やどり〉を成敗しに向かいますから」

「リタ様が?」

「あら、不安ですの?」


 言いつつ、〈クリムゾン〉の膝に乗り移り、操縦席へと身を運ぶ。わずかな機械音と共に立ち上がり、背部に手を回して円錐状の槍を持った。ぎっぎっと手指を動かし、雨の中でも平時と変わらない動きの滑らかさにぺろりと唇を舐める。


「ムクロ様は腕の良い御方ですのね。〈星石〉も補給できたことですし、これならば存分にランス――ああ、この槍を振るうことができますわ」


 そう言って前進しかけたところで——眼前に、キュウの〈おぼろ〉が泥しぶきを上げて着地した。


「キュウ、戻ってきましたわね」

「状況を伝えます」


 キュウの口から端的に状況を語られ、リタは先ほどの震動の正体について考えを巡らす。大砲の着弾とは違う衝撃——まさか、あの〈からくり〉を? と面を上げた時にキュウと目が合った。


「〈虚狼団ころうだん〉はおそらく、〈剛力ごうりき〉を有している。〈人弾〉といい、村人を威圧するかのような攻め方です」

「その通りですわね。どうやら私たちは眠れる狼たちを起こしたようですわ」

「どうします」

「決まっていますわ」


 背部からランスを手に取り、〈クリムゾン〉を前傾姿勢に構える。扇を懐にしまい、操縦桿を小指からゆっくりと握り込んでいく。


「キュウ。あなたはそこにいて、ワカと共に村の人たちを守りなさい」

「御意」

「ワカ。あなたは周囲から敵が来ないか、よく見ておきなさい」

「うん、わかった」

「では、行きますわ」


 操縦桿を前に倒し、〈クリムゾン〉を走らせる。足裏に設けた車輪は多少のぬかるみなど吹き飛ばして、そのまま突き進んでいく。


 前方。柵を突破された位置に、ゴロウの〈巫山戯ふざく〉とタイラの〈不動ふどう〉の姿があった。数機の〈からくり〉を相手に立ち回っているが、雑兵がわらわらとわいて出て、侵入を止めきれずにいる。


「ばらけていては、厄介ですわね」


 リタはまず、腕部に装着してあった円形の盾を、〈野盗り〉たち目がけ投げつけた。回転し、地面に突き刺さった盾に、〈野盗り〉たちは面食らう。その瞬間を見計らい、リタの〈クリムゾン〉は電光の如く接近。槍のひと払いで、〈野盗り〉たちを蹴散らした。


「おお、リタ殿か!」

「助かりました!」


 ゴロウもタイラも敵機を斬り落とし——身を寄せ合うようにして、三機で固まる。しかし、破られた柵から新たな敵が出てくる気配はない。遠くでは激しい音が鳴り続けているが——三者とも、その場で足を止めている。


「むぅ、どうするかの。シマダ殿たちの加勢に向かうか……?」

「悩ましいところですね。まだ敵が控えている可能性はあります。あの地鳴りは気になりますが、だからといって他をおろそかにするわけにもいかない……」

「ここは、私が行きますわ」


 リタの言葉に二人が素早く首を向けてくる。


「村の方々はキュウとワカが守りについてますの。お二方は別のところから敵が入ってこないか、注意していてほしいですわ」

「ふむぅ。要するに迎撃を担当せよ、とな。して、お主はどうする腹づもりかの?」


 ふふ、とリタはこの場に似つかわしくない笑い声を立てた。


「決まっておりますわ。……どんな敵が相手でも、刺し貫くのみですの」

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