第57話「大・乱・刀」

「くそったれ!」


 チヨの罵声が村の入り口の方角から聞こえてきた。シマダとオシロは目配せし,

さらに足を速める。


 連なる家屋を抜け、入り口を見れば、チヨが〈虚狼団ころうだん〉の雑兵ぞうひょうを蹴散らしているところだった。柵は〈からくり〉による破壊行為が続いており、それを防ごうにも、柵を越えてきた雑兵を相手にするのが精いっぱいの様子だ。


 貧相な武器を持った村人たちはすっかり震え上がって、後方で、もしくは家屋の陰でがたがたと震えている。チヨの〈大刀〉による斬撃で雑兵の首が跳ねて転がった時、悲鳴を上げた。


「無事か、チヨ!」


 シマダたちが駆けつけると——「見りゃあ、わかるだろうが!」


「こいつら、次から次へとわいてきやがる! 〈からくり〉は一機も通してねぇが、それも時間の問題ってやつだ!!」

「——ならば、よし!」

「何がよしだ、こらぁッ!?」


 シマダはすぐさま駆け抜け、〈大刀だいとう〉に貼りつかんとする雑兵三人を、ひと振りで斬り払った。チヨは一瞬だけぽかんとしていたが——「チヨさん!」とオシロの声が飛び、はっと我に返った。


「その大ぶりな〈からくり〉で人間を相手にするのは不利です! ここは先生と、わたしに!」

「偉そうに指図すんな! おれの〈大刀〉を甘く見てんのか!?」

「——チヨ、柵を解くぞ」


 走りながら〈野盗やどり〉を次々と斬り伏せていくシマダに、「はぁッ!?」とチヨがくわっと目を見開いた。


「先生、それはどういうことですかッ!?」


 三者それぞれ刀を振るいつつ、シマダが率先して口を開く。


「〈からくり〉があそこに集まっているとなれば、ここで数を減らしておくのが得策だ。それに、いつまでも守りが通用せんとなれば、あえてこちらから開いてやるのだ」

「誘い込む、ってことかい! へっ!」

「私が柵を解く。——チヨ、手を貸せ!」


 反転し、〈大刀〉の元へ駆け寄る。チヨはいったん大刀を地面に突き刺し、両手を重ね合わせた。


「来やがれ!」


 シマダはその手の上に乗る――その直後、チヨの〈大刀〉が腕を振り上げ、重力に逆らってシマダの痩躯そうくが宙を舞った。


「おお……!」


 オシロが驚嘆の声を上げたのも束の間、シマダは柵の上に立つ。柵を固定していた縄を斬り、息つく間もなく反対側を斬った。


 ぐらり、と柵が傾く。シマダの眼下では〈野盗り〉たちが、「なんだなんだ!?」「知るか!」などと喚き立てていた。門の破壊などに用いられるような丸太をひと突きにすると、木の柵はより大きく傾いた。


 目に見える〈からくり〉は十数機。雑兵も十から二十はいるだろう。それらが一斉に村に入り、襲いかかってくる。


 ざっ、とシマダはチヨとオシロの近くに立ち――肩越しに〈からくり〉たちを見やる。威勢だけは立派な連中が武器を振り上げてわぁわぁと騒いでいるのを、どこか冷ややかな目で見ていた。


「——チヨ」

「なんでぇ!」

「暴れろ」


 一瞬だけ虚を突かれたチヨは、しかし——「へっ!」と指の腹で鼻をこすった。


「散々待ったぜ、その言葉をよぉ!」


 柵が倒れ、〈からくり〉がなだれ込もうとする。


 チヨは地面から大刀を引き抜き、「はっはあ!」と肩に担いだ。わずかな怯みも怯えもなく、ぐぐっと口角を上げ、獲物を前にした猛獣の如く、〈からくり〉たちを睨みつける。


〈大刀〉が地を蹴った。


 突如として向かってくる〈大刀〉に、〈野盗り〉たちは面食らったようだった。しかしすぐさま体勢を立て直し、それぞれに武器を構える。


「一機だけで来るとは冗談かよ!」

「しかも女か!? 舐めやがって!」

「殺せ! いや、まだ殺すんじゃねえぞ! 引きずり落としてやれ!」

「やれるもんなら、やってみなぁ!!」


 雪崩なだれの如く、〈からくり〉が押し寄せてくる。


 チヨはまず先頭の一機に、「どきやがれ!」と横薙よこなぎに大刀を振るった。操縦席ごと、くの字に折れ曲がった〈からくり〉はそのまま吹き飛んで、家屋を巻き込みにして沈黙した。


「この野郎ぉッ!」


 色めき立つ〈野盗り〉の群れの中に、躊躇ちゅうちょなく飛び込む。いきなり懐に入られたことに驚いたのか、誤って味方を斬ることを恐れたのか、〈野盗り〉の動きはぎこちない。そうする間にもチヨは、すでに群れの中心に入り込んでいた。


「見やがれ! これがおれの、〈大刀〉の本領よ!!」


 天に切っ先を突きつけ――すぐさま、ぶぉんと大刀を振り回す。


 その軌道の先にあった〈野盗り〉の〈からくり〉の腕が吹き飛び、かと思えば今度は別の〈からくり〉の足をも斬り落とす。千切れ飛んだ腕や足に、雑兵が押し潰される。操縦席ごと胴体を斬られた〈からくり〉もあり、大刀が舞う度に鮮血と〈からくり〉の油とが宙にぱぁっと広がっていく。


 もはや鉄塊と化した〈からくり〉を踏みつけ――「見たか!」


「これがおれの〈大刀〉の奥義、〈だいらんとう〉よぉッ!」


 がっはっは、と大声で笑うチヨを見——


「あの、先生……あれって、ただ刀を振り回しているだけでは……?」

「言うな。本人が奥義と思っているのなら、そのままにしておけ」

「おおっと、まだいやがるかぁッ!」


 チヨの猪突猛進といえる勢いに気圧された〈野盗り〉が二機、来た道を引き返そうとしている。すぐさまチヨは追いかけようとしたが——「んん!?」といきなり足を止める。


「なんでぇ、この音は……?」


 がしん、がしん、と地を揺らすような規則的な金属音。それが村の入り口の外側から響いてくる。その音はシマダたちの耳にも届いたらしく――「チヨ!」とシマダが鋭く叫んだ。


退けッ! あの音には聞き覚えがある!」

「なんだぁ、一体ッ!?」

「先生、あの音とは!?」

「見ればわかる! ——来るぞッ!」


 チヨが戻り、シマダたちと肩を並べたその時——「それ」は現れた。


 太い——あまりにも太く、硬質な輝きを放つ両腕。腕だけで並みの〈からくり〉ほどの幅がある。その重量を支えるが如く、両足も極めて堅牢な装甲で固められ、ひと足ごとに地面に大きな足跡を穿うがつ。胴体——操縦席には二人の〈野盗り〉が不敵な笑みを浮かべ、さらに鉄製の格子で囲まれている。頭部は平べったい円形で、飾りはないものの、見るものを威圧するには十分すぎた。


 チヨとオシロは唖然と口を半開きに、シマダは短く呻いた。


「こ、こいつは……まさか!?」

「〈剛力ごうりき〉かッ……!」

「〈剛力〉ですって!? なぜ、そんなものが〈虚狼団〉の手の内にッ!?」


 三人の動揺をよそに、〈剛力〉は唸り声ともつかぬような機械音を発し——天高く両腕を振り上げた。


「——散れッ!」


 三人が同時に散開すると同時、〈剛力〉の二振りの剛腕が、地面を——村そのものを揺るがした。

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