第56話「戦の才」

人弾ひとだま〉——


 それは戦乱の世において、ほとんど禁じ手となっている武器である。


 人間そのものを砲弾とし、敵陣に撃ち込む。砲弾とされる人間は当然のことながらその衝撃に耐えきれずに五体は千切れ、血、骨、肉片、果ては脳漿のうしょうをまき散らす。それを間近に見た兵は恐れおののき、進撃をためらうが——それは撃ち込んだ側も同様で、手下はいつ自分が砲弾にされるのかと、戦々恐々する。


 砲弾代わりにされるぐらいならと、敵陣を前に逃げ出す者もいる。〈人弾〉自体はそこまでの威力はないとされているが、あまりのむごたらしさに、使う者は外道扱いされるほどの武器と化した。


 その〈人弾〉が、フグノ村に撃ち込まれた。それも二発。


 〈人弾〉が村の入り口、そして広場にほど近い場所に叩き込まれた瞬間、内部から大量の血と骨と肉片、そして脳漿が全方位にまき散らされた。いくさというものを知らない村人は当然として、ワカも、そして侍たちもその有り様を見せつけられた。


 村人たちが声にならない悲鳴を上げる中——


「なんという悪趣味な……!」

「あの頭領ならば、やりかねませんね」


 ゴロウが呻き、タイラが歯をぎりと鳴らす。


 二人は入り口から離れた外縁に位置取り、柵を破壊、もしくはよじ登ろうとする〈野盗やどり〉を突き出し、斬り伏せているところだった。運よく柵を登り切っても、足元は泥でぬかるんでおり、まともに動きを取ることができない。


 そこを、侍たちが次々と斬り伏せていく。


「——へっ!」


 大仰に鼻を鳴らしたチヨが、背中から大刀を引き抜く。入り口の柵にへばりついた肉片を見ても、まるで平然としていた。


 しかし、背後で槍やくわなどを握っている村人たちはすっかり震え上がっている。中にはもう逃げ出す者もいたが、チヨにはそれどころではなかった。〈人弾〉の軌道から避けた〈野盗り〉が数機がかりで先の尖った大木を抱え、今にも入り口の柵を打ち破らんとしていたからだ。


「——せ、先生! まさかこれは……!」

「そうだ、〈人弾〉だ。初手でこれを撃ってくるとは……村を攻めるにしてはやり過ぎだ」


 シマダは家屋の上に立ち、周囲をくまなく見回している。彼女の周囲にはオシロの〈まこと〉と、ワカの〈地走じばしり〉の姿があった。


 ワカは地面や家屋に飛んだ、もはや人非ひとあらざるものをじっと見つめていた。怯え、逃げ惑う村人も。血の沼が雨によって流されていく先を目で追い——それから「シマダ様」と彼女に面を向けた。


「第二射はあると思う?」

「——え? わ、ワカ殿……?」

「ないと信じたいな。〈人弾〉はせっかくの戦力を削る愚かな行為だ。それに、〈人弾〉を撃つには特別な砲台が必要で、連射の利くものではない。見た目は派手ではあるが、ほとんど火薬を内包していないぶん、威力は低い」

「じゃあ、しばらくは大丈夫ってことだね」


 オシロはワカの顔を信じられないというように凝視していた——が、ワカはそれに気づいていなかった。


「シマダ様、ぼくたちはどうすればいいかな?」

「まず優先するべきは、村を守ることだ。攻めるのは後回しにする。〈からくり〉はタイラの柵が防いでくれているだろうが、いつまでも持ち堪えられるものではない。それに、柵をくぐり抜けた雑兵ぞうひょうが入り込むとも限らない」

「じゃあ、ぼくたちはそれを斬ればいいんだね」


 オシロは息を呑み――シマダも、ワカに目を差し向けた。


「ワカ、斬るのは私たちの仕事だ」

「でも……」

「お主は村の者を守れ。その〈からくり〉ならば出来るはずだ」


 ワカは少しの間だけ口をつぐみ――「わかった」


「ぼくがみんなを守る。でも、シマダ様たちは……」

「案ずることはない。己の身ぐらい、己で守る。そうだろう、オシロ?」

「——え? は、はい!」


 がし、と〈真〉が刀の柄を掴む。まるでその音をワカに聞かせるように。


 ワカはシマダとオシロとを交互に見、「それじゃ、お願いします」と律儀に頭を下げた。「うん」とシマダはうなずき返し——ワカは〈地走〉を村の入り口とは反対側に走らせた。


 残った二人は——


「先生。ワカのことなんですが……」

「うん。気がたかぶっているのかと思っていたが、そうではないようだ」

「というと?」

「この状況を前にしても揺らがない。ワカにはいくさの才があるのかもしれん。本人は気づいていないようだがな」


 オシロはややうつむき、唇を少し噛んでから——「先生」


僭越せんえつではありますが、わたしはワカに人を斬らせたくありません」

「同感だ。戦に立つ年頃であっても、〈からくり〉を操れる腕があったとしても、ワカにそういうのは似合わない」


 オシロは胸を突かれたように、はっと顔を上げた。口元を隠しているつもりなのか、シマダは指で鼻をこすっていた。


 オシロはそれを見ていなかったふりをして、ワカの走り去った方向を見る。


「イヅ殿のこともありますしね」

「ああ。ワカに人を斬らせたとあっては、怒り狂って詰め寄られるだろう。そういう面倒事は避けたい」

「面倒事、ですか……」

「おかしいか?」


 オシロは首を振り、「いいえ、全然」


「なんとなくではありますが、先生のことがわかったような気がします」

「……悠長なことを言っている場合ではない。音が近くなっている。我々も加勢に向かうぞ」

「——はい!」


 シマダは長刀についた雨の雫を振り払う。


 その時——二人の目の前に、キュウの〈おぼろ〉が上空から着地してきた。オシロはやや面食らいつつも、彼女の無事に安堵の吐息をついている。そしてシマダは当然のように、「戻ったか」とだけ告げた。


「〈からくり〉の数が多い。三十以上はある。雑兵の数も目立つ」

「そうか。どこからか引っ張ってきたのか……」


 いや、とシマダは首を振る。


「この際それは横に置こう。敵の数が増えたというだけだ。……して、その動きは?」

「第一陣はそのまま突っ込ませるつもりのようだ。だが、気づかれてしまった。奴らに警戒心を抱かせたことで、第二陣の動きが変わるかもしれない」

「個別に撃破か、あるいは一点突破か。もつれ合っては面倒になるな……リタはどうか?」

「これから伝える」


 シマダはうなずき、「ならばよし」と半身を村の入り口の方に向けた。


「キュウ、お主はリタのそばにいてやれ」

「承知」

「お、お待ち下さい!」


 それまで無言を通していたオシロが、キュウをじっと見つめる。


「……なんだ」

「キュウ殿。……ご武運を。それだけ伝えたくて」


 キュウの無表情は変わらなかったが——ふっ、と小さく鼻を鳴らした。そしてすぐさま〈朧〉を村の後端目がけ、走らせる。


 機体と、その方向に目をやり——「余計な言葉でしたか……?」


「まぁ、お主の力量からすればな」

「う……」

「だが、気にかけてくれる人がいてくれる、というのは得がたいものだ。——さて、そろそろ話は終わりにするとしようか」

「はい……!」


 シマダが長刀を、そしてオシロは〈真〉の腰から刀を引き抜く。


「行くぞ」

「はい!」


 そうして二人は村の入り口——チヨが先陣切って戦っている場へと飛び込んでいった。

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