第55話「〈人弾〉」

「始まったなぁ」


〈からくり〉——〈狼牙ろうが〉の操縦席で、アラグイはにぃっと口の端を上げた。その前方では〈白刀はくとう〉に乗るミハクが、〈虚狼団ころうだん〉の手下と共に村を見下ろしているところだった。


「侍と〈からくり〉だけじゃ飽き足らず、ご丁寧に柵まで作りやがって。連中、本気で俺たちとやり合うつもりらしいな」


 試しに大砲で揺さぶりをかけたところ、爆炎で村の状況が垣間見え――その中に〈からくり〉の姿があることも認識したのだ。それも数機。


「おい、どうするよ。ミハク」

「やることは変わりません。この村を墜とす。それだけです」

「ぶれないねぇ。……この雨の中だ、どうやって攻める? 止むまで待つか?」

「それでは我慢がきかないことを、ご自身がよく承知していらっしゃるでしょう?」


 アラグイは喉を鳴らし——「わかってるじゃねえか」


「だが、あの柵は面倒だぞ。どうする?」

「〈人弾ひとだま〉を使います」


 ひゅう、と口笛を吹く。


「村の入り口、そして中心に撃ち込めば、破壊はできずとも連中は浮足立ちましょう。そこを狙います」

「容赦ないねぇ。……弾はどうする?」

「すでに用意してあります」


 ミハクの〈白刀〉が腰の刀——つばを鳴らした。それから遅れて、苦悶の声が後方から聞こえてきた。見れば最初にフグノ村を襲撃した二人が、猿ぐつわを噛まされ、縄で拘束され、無理やり連れられてきていた。


「むぐ、むぐぅ!」

「むぐぅうう!」


 二人はひたすら言葉にならない声を発し、目尻には涙が浮かんでいる。しかしミハクは路傍の石ころでも見るかのように、感情らしい感情を目に宿していなかった。


 高台に設置された大砲二台の蓋が開く。それを見た〈野盗やどり〉二人は、思いきり身をよじった。


「用意なさい」


 ミハクは何も聞いていないというように、手下に指示を下した。幅広の布で問答無用でそれぞれ二人を包み込み、顔も包まれ、そして人ひとりが収まる程度の筒に入れられる。


 弾丸と化した二人は引きずられ、大砲の内奥に押し込まれていった。


「容赦ないねぇ」

「あなた様が思いついたものですが?」

「わかってる、わかってる。……さて、楽しませてもらおうか?」


 大砲の導火線に火が点く。風雨が強いことを考慮し、導火線の長さは大人の腕よりも短い。


「発射と共に出撃です」


 ミハクが手下に向けて腕を振った。〈からくり〉を駆り、馬にまたがる〈野盗やどり〉たちも、武器を振り上げて怒声ともつかぬような大声を発する。


 導火線が大砲の内部に入った。


 瞬間、二つの弾丸——〈人弾ひとだま〉が射出される。撃ち出された衝撃で短い悲鳴があったものの、その悲鳴の主は村の方角へとまっすぐに向かっていく。


 着弾。そして、炸裂。


 風雨により確かに命中したか、遠目には確かめようがない。しかし、人間の脳漿のうしょうや血液、肉片を眼前にまき散らされたとあっては、いくら侍といっても怯むことだろう。


「——出撃!」


 ミハクの一声に、第一陣が村へと突っ込んでいった。〈からくり〉や馬の脚で斜面をがりがりと削り、下り終えたのちに馬主はすぐさま天に向けて矢を射る。その間にも〈からくり〉は邪魔な枝木を斬り落としながら、着々と村へ侵攻をかける。


「まずは様子見ってところか。……第二陣は?」

「もつれると面倒です。ある程度村の状況を把握した後で——」


 ミハクの言葉がそこで途切れ、すぐさま〈白刀〉の戦輪を後方に向けて放った。ぎぃん、と金属同士がぶつかり合う音が響き——ほぼ同時にミハクはアラグイの手前に回り込んだ。


「……あなたですか」


 闇の中で、木の上に立っていたのはキュウの〈おぼろ〉だった。はじき返した戦輪は地面に突き刺さり、「へぇ」とアラグイが感嘆の声を漏らす。


「そういや、一度だけ顔を合わしたことがあったな。すぐに逃げられたが」

「…………」

「お前も女か。村の連中は女ばっかり雇ったとみえる。……で、どうなんだ? ああ?」


 キュウは答えず、後方に退いた。すぐさま闇に溶け込み、後には木々がざわめく音だけが聞こえる。


 戦輪を回収したミハクが、「まずいですね」とつぶやく。


「あれはただの偵察でしょう。こちらの手の内を読まれては厄介です」

「引き際を見極める目もあると見た。んん、どうするかねぇ?」

「すでに第一陣を放った後です。第二陣以降の動きを変える必要があるでしょう」

「だろうな。……まったく、連中ときたら何を手こずってやがる」


 村から火の手が上がる様子がない。激しい物音——おそらく、柵を破壊しようとする音——は聞こえてくるが、まだ村に侵入できていないようだ。柵に手こずっているためか、〈野盗り〉たちは村の周囲を右往左往している。


「誰かが邪魔をしているようですね」

「侍どもか。……〈人弾〉で怯まねぇとあっちゃ、手を変える必要があるかもな」

「では、いかがなさいます?」

「決まってんだろ」


 アラグイはあごを上げ、口を笑みの形に裂いた。


「〈剛力ごうりき〉を出す」

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