第54話「開戦」

「火をくべろ!」


 ムクロの発した声に合わせ、


「火をくべろ!!」


 ぜる〈星石せいせき〉が、


「火をくべろ!!!」


 続々と運ばれていく。


 屈んだ状態の〈からくり〉——その腰部に〈星石〉が放り込まれる度、内奥が燃え盛る。火花が舞っては宙に散り、呼応こおうするように〈地走じばしり〉の片目に光が灯る。


「ワカ、終わったぞ! 後は頼んだ!!」


 ムクロが金づちを掲げて大声を張り上げる。


「わかった、ありがとう」


 ワカは操縦席に乗り込み、木製の格子こうし状の戸を閉める。


 操縦桿そうじゅうかん取手とって、足元の木板もくばんをよどみなく点検。きしみや異音がないことを確かめ、木板を踏み込んで立ち上がらせた。前後左右、合計六枚の盾をはじめ、背部から伸びる筒や刀などを装備しているせいか、動きはやや重い。


 ワカは意識して力を込め、操縦桿を握り直した。


〈地走〉を歩かせ、鉄火場の出入り口に立つ。雨風が操縦席の格子を通過して、体中に吹きつけてくる。


「ワカ!」


 イヅが駆け込んでくる。髪を直す余裕もないのか、顔半分を占める火傷があらわになっている。不安げに、まっすぐにワカを見上げ――「大丈夫」とワカは答えた。


「シマダさんも、みんなもいるから」

「……無茶しちゃ、ダメだから」

「わかってる。危ないから、離れてて」


〈地走〉が一歩踏み出し、鉄火場から出る。


 村の中心の広場には、長刀を腰に携えたシマダをはじめ、それぞれ〈からくり〉に乗り込んだ侍たちの姿があった。


「準備はできたのか、ワカ」

「うん、待たせてごめんなさい」

「構わない。ここが正念場しょうねんばとなるからな。後悔のないようにしておけ」

「おいおい、シマダ! 冗談をぬかしてんじゃねぇや! まるでこれから死ぬつもりみてぇじゃねえか!」


大刀だいとう〉の乗り手のチヨが、腕をぶんぶんと振り回す。村人たちの手を借りたことで、装甲や関節の汚れなどはすっかり綺麗になっていた。背部から伸びる筒も、黒煙ではなく白煙を噴出している。


 勢い込んで操縦席から身を乗り出したことで、無駄に大きな乳房ちぶさでさらしがはち切れそうになり、シマダが目をすがめる。


「やめんか、チヨ。はしたないだろうが」

「そうですよ。一応、仮にも性別的には女性なんですから」

「おめぇらも女だろうが! それに、一応ってなんだ、一応って! こら!!」


 チヨががなり立てた先にはゴロウとタイラがいた。


 ゴロウの〈巫山戯ふざく〉は最初から四本腕で、それぞれ刀や槍を持たせている。そして斧を担いだ〈不動ふどう〉は両手に片手斧、そして背後に両手斧を一振り装備していた。


 二人とも呆れたように顔を見合わせ、苦笑を浮かべていた。


「決戦前だというのに、騒がしいことですわね」


 愛機〈クリムゾン〉にて扇子を扇いでいるのはリタだ。相変わらず悪天候の中、いくさには不釣り合いとしか思えない異国の——赤地の異装いそうを身にまとっている。


〈クリムゾン〉は左手に円形の盾を、背部には円錐えんすい状の槍を背負っている。ワカたちとは違い、操縦席の上部には屋根代わりの尖った装甲が設けられており、さらに硝子がらすで周りを囲んでいるため、雨の侵入を見事に防いでいた。


「まぁ、このぐらいの方がちょうどいい感じに緊張がほぐれるのかもしれませんわね。……そう思わない、キュウ?」


 リタの背後——背中合わせに〈おぼろ〉を立たせているのはキュウだ。

 頭部がなく、装甲も薄く、刀の数にも変わりはない。ミハクに斬られた腕も、ムクロたちの手によって修復されている。


 キュウは口を開く気配もなく、リタは「相変わらず、つれないこと」とぼやいた。


「ああ、緊張といえば——オシロ、あなたはどうかしら?」

「え!? あ、そうですね……」


 オシロはしどろもどろに応える。上物の着物が雨に濡れているのを気にしていたところで、声をかけられたため、不意を突かれたようだ。


 乗機の〈まこと〉の腰には多くの侍がそうしているように、刀と脇差とをひと振りずつ差してある。その他には武器らしい武器がなく、外見だけでいえばどの〈からくり〉よりも端正に整っていた。


「今度はいかがかしら?」

「せ、先生の名に恥じない戦いをしてみせますっ」

「だそうよ。シマダ様、どうかしら?」

「……先生はやめろというに」


 シマダがぼやいた時——ぴく、と彼女のまぶたが跳ねた。同時、ワカも操縦桿を握る手に力が入る。


「ワカ、聞こえたか」

「うん、もうすぐ来る」


 間を置かずして——村とはまるで見当違いの方向——山の中腹で大砲の弾が炸裂した。瞬く間に炎上し、村の各所から悲鳴が上がる。


「おおっと! へへっ、おいでなすったか!」

「今のは、ただの揺さぶりでしょうね」

それがしも同意見だの、タイラ。……シマダ殿、動くか?」

「待て、ゴロウ。敵はまだ見えていない。キュウに偵察を任せたいが……いいか、リタ?」

「構いませんことよ、キュウがいいのなら。……で、どうなの?」


 キュウは何も言わず、〈朧〉を一歩前に出す。両手には、すでに刀が握られていた。


「キュウ、敵の数を知るだけで構わん。把握したら、すぐに戻ってきてくれ」


 シマダの指示に、キュウはわずかにうなずいた。〈朧〉で木の柵をひょいと飛び越え、林道へと走らせる。


「では、こちらも迎撃に備えるとしようか」


 シマダの一声に、それぞれの〈からくり〉の乗り手が手を振るなどして応える。その後ろには村人たちが——かろうじて戦える人々が——怯えをあらわにしつつも、竹槍をひしっと握り込んだ。


「全員、死ぬな。生き残れ。——各自、持ち場につけ!!」


 それぞれの〈からくり〉が、村人を率いて別々の方向に走り出す。


 そして——その場に留まったのは、ワカとシマダのみだった。


「ワカ、行けるか?」

「うん」

「うむ。……守るぞ、お主の村を」

「うん」


 シマダは長刀をさやから引き抜き、迫り来る〈虚狼団ころうだん〉のときの声と、激しい足音と機械音に身構える。


 ワカは白く濁った片目で、操縦席の真上の〈からくり〉——片目が落ちくぼんだ〈地走じばしり〉の頭部を見上げた。


 もの言わぬ〈からくり〉に、ワカはただ一言発した。


「——行こう、〈地走〉」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る