第53話「シマダとリタ」

「今度のいくさ、どう見る」

「キュウの言葉通りならば、一筋縄じゃいきませんわね」


 シマダは鉄火場の入り口から空を見上げ、「そうか」とわずかにうなずいた。背後に立つリタの手には扇子ではなく、雨粒のついた傘が握られている。


「相手は〈城〉も手を焼くほどの〈野盗やどり〉の集まり――〈虚狼団ころうだん〉。その中にはキュウの姉もおり、アラグイという首領はタイラ様やゴロウ様ですら苦戦したという。加えて、〈からくり〉は少なく見積もっても二十から三十。……こうして並べてみますと、本当に一筋縄じゃいかなさそうですわ」

「そして、こちらの条件はやや不利だ」

「ええ。わたくしたちの任務は村を守りつつ、〈虚狼団〉を撃退すること。ワカのも含めて、〈からくり〉は七機。村人たちは戦に向いていませんから、戦力として期待はできませんわ。せいぜい、逃げ遅れた〈野盗り〉を追撃することぐらいでしょうね」

「そうだな。私も同じ考えだ」


 リタは唇を舐め、体を傾けつつ腕を組んだ。


「シマダ様。聞いてもよろしいかしら?」

「なんだ」

「この戦、どうして引き受けようとしましたの?」

「……うむ。なぜだろうな」


 リタは怪訝そうに眉をひそめた。


「私は富にも栄誉にも、ましてや〈星石せいせき〉にも興味はない。命を懸けられる戦場いくさばで朽ち果てたいのかといえば、正直に言えばわからない。ただ、ワカのあの目を見ていたら、どうにも落ち着かなくなってしまってな」

「ワカの……?」

「あの少年は純粋で、ひたむきだ。村を守るため、愛する人を守るためなら迷わず命を懸けられるだろう。不覚にも、それが羨ましいと感じてしまった。くすぶっていた私の心に、ワカが火を点けたのだ」

「それが命を懸ける理由になると?」

「悪いか?」

「いいえ、そんなことはありませんわ。ワカのあのまっすぐな眼差しは、稽古けいこの時に散々見ていますもの。もう少し時間をかければ、おそらく私たちと肩を並べられるほどの技量の持ち主になるでしょうね」

「それが問題だ」

「……イヅのことかしら?」


 雨足がさらに強まり、鉄火場の入り口にも吹きつけてきた。シマダの髪や衣服にも水滴がついたが、彼女はまるで頓着しなかった。


「それもある。だが、最も悩ましいのは力は力を呼ぶということだ」

「そうですわね。もしも、〈虚狼団〉を撃退できるほどの力があると見なされれば、〈城〉が黙っていられないですもの。それに、各国の大名がこぞって狙いに来ますわね。……〈星石〉と同じく」

「〈虚狼団〉に目をつけられたのは、不運という外ないだろうな。勝っても負けても、もはや元のようには戻れないだろう」

「ワカやイヅが拒んだとしても?」

「個人の意思だけで、戦乱の世はどうにもならん」

「……まったく以って、仰る通りですわ」


 シマダは髪にかかった水滴を払いのけ、入り口から三歩ほど後退した。自然とリタと肩を並べる形になり、ちらり、とリタはシマダの横顔を見た。それからシマダの見ている先とを同じように見つめ――ゆっくりと口を開く。


「あの時、あなたが助けてくれなければ、私は今ここにはいませんでしたわ」

「もう何年も前のことだ。忘れていいというのに」

「いいえ、そういきませんわ。私はあなたに恩を返せていない。私が〈城〉の者に襲われ、シマダ様が斬って、あなた様は〈城〉から重責を負わされた。どれだけ責任を感じたか、想像できます?」

「…………」

「あなたの見ている先と、私の見ている先とは違うのかもしれない。けれど今だけは同じであると、確信しておりますわ。……一応確認しておきますけれど、〈城〉に戻るつもりはありますかしら?」

「無いな」

「そう言うと思っていましたわ」


 くすくすと喉を鳴らし、リタは隣のシマダを見上げた。


「髪、自分でお切りになっていらっしゃるのかしら?」

「そんなところだ」

「駄目ですわ、そんなことでは。髪は女の命でしてよ。……私が切って差し上げましょうか?」

「結構だ。戦があるというのに、そんな悠長なことはしていられない」

「それもそうですわね」


 つまらなさそうに唇を尖らせる。


 ふと、シマダが一歩前に出て目を細めた。「シマダ様?」とリタが問うも、彼女は慎重深く鉄火場の外を観察している。


「〈虚狼団〉でして?」

「かもしれん。入り口の向こうで何かが動いた。……リタ、全員を叩き起こしてきてくれ」

「承知しましたわ。——キュウ! キュウはいるかしら?」


 すると音もなく、キュウが天井から降り立った。前置きも説明もなく、「皆さまを起こしてきなさい」と告げると、「承知」とだけ答えて——すぐさま、闇の中に消えていった。


 リタは次に適当に放り投げられた金槌と鉄板を持ち、かぁん、と思いきり鳴らした。その音で村人たちが飛び上がり、「なんだ、なんだ!?」と気色ばんでいる。


「皆の衆、敵の接近がありましてよ!」


 ひっ、と誰かが息を呑んだ。右往左往、慌てふためいている村人たちに「落ち着きな、野郎ども!」と一喝したのは——ムクロだった。この時間まで〈からくり〉の調整をしていたのか、顔も手も黒ずんでいる。


「シマダ様たちが守りを固めてくれたんだ! ここで怯えていてどうする!? わしらのやるべきことはなんだ! わあわあと逃げ回るだけかッ!?」


 ムクロの言葉を受け、村人たちは躊躇ためらいつつも——自前の道具を手にした。ムクロを中心にわらわらと集まったものの、皆一様に不安の色を隠せないでいる。


「問題ない」と言い切ったのはシマダだ。


「刀や槍を持つだけが戦ではない。お主たちにはお主たちの戦いがある。実際に戦うのは私たちだ。何も、心配は要らない」


 村人たちの目をそれぞれに見据え、うなずきかける。「よ、よし!」と村人の一人が頬を打ち、その場の全員が恐怖を振り払うように声を上げては震える膝を叩いていた。


 ムクロがシマダに近づき、「かたじけないの」


「いや、こちらこそだ。私の言葉だけでは逆効果だったろう。お主のような者がいて、心強い」

「いやぁ、褒めても〈からくり〉の部品しか出ませんぞ!」

「……それは、不味まずいことではないのかしら?」


 リタの突っ込みに、わはは、と胸を張って高笑いする。そして——鉄火場の奥の窯に目をやった。手前にはこんもりと積まれた〈星石〉がある。すでに動いている村人たちは、ちょうど火を起こしているところだった。


 それと同時、キュウが戻ってきた。全身がずぶ濡れになっているものの、本人は気にする素振りもない。


 キュウの姿を認めたムクロは、「いいところに来た!」と指の欠けた拳を握り締めた。


「お主の〈からくり〉——〈おぼろ〉といったな? 今から〈星石〉をくべるから、ちょっとばかし動かしてくれ!」


 キュウはリタに首を向け——彼女はただうなずくのみだった。


 操縦者を得た〈朧〉は窯の手前で身を屈め、腰部の裏に火の点いた〈星石〉が次々と運ばれていく。


「よし、この調子だ! どんどんくべろ!」


 ムクロのかけ声で勢いづいた村人たちが、すきを手に〈星石〉を窯にくべる。火の点いた〈星石〉から土塊つちくれがぽろぽろと剥がれ落ち、虹色に発光していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る