第52話「風変わりな組み合わせ」

「雨が降ってきましたね」


 小雨から一転、滝と見紛うほど激しい雨粒が地を叩き、枝葉が揺れる。家屋内でもその音は響き渡り、オシロは不安げに板戸の隙間から天を見上げていた。


「〈虚狼団ころうだん〉は当然としても、これではわたしたちでも動きにくいかもしれませんね」

「ふん、なんだお姫様。今ごろ怖じ気ついたってのか」


 きっ、とチヨを睨みつけ――「お姫様は止めて下さい!」


「じゃあ、女将にょしょうってのはどうだ? 『将軍』の『将』が入っているんだから、勇ましいだろ?」

「それは……って、普通に女性のことじゃないですか! わたしは侍です! 侍として生きると決めているんですから、そんな風に言わないで下さい!」


 へっ、とチヨは口の端を歪め――キュウを横目で見た。


「だそうだぜ。なぁ、キュウさんよ。おめぇの目からして、オシロはどうなんだ? ええ?」


 キュウはもはやその状態が当たり前というように、腕を組んで壁にもたれていた。目は薄く閉じられ、口を開く気配もない。


「ふん、言うまでもねぇってことか?」

「キュウ殿……!」


 すがるような目つきのオシロを前に、キュウはいよいよため息をついた。


「自ら侍と名乗っている内は、まだまだだ」

「え……」

「あぁん?」


 キュウは壁から背中を離し、オシロと向かい合う。


「お前が侍にこだわる理由はなんだ」

「それは、わたしが……男ではないからです」

「あ? どういうこった?」


 オシロは半ばうつむいた。


「父は見栄を張りたがる人でした。男児が産まれれば是非とも戦場いくさばで手柄を上げさせたかったのです。しかしミハク姉様とわたしが産まれ、父はいたく落胆しました。どれだけ剣術の腕を磨いても、父はわたしたちを認めようとはしなかったのです」

「ならば、母はどうした」

「母は優しい人です。そのままのわたしたちを平等に愛してくれました。父からの言いつけでミハク姉様が嫁いだ時にも、涙を流しました。わたしが武者修行に出る時も、やはり涙を流しました。戦とは無縁な人でしたから」

「……解せねぇな」


 チヨは荒い手つきであごを擦った。


「そんで、なんでまた武者修行に出ようだなんて思ったんだ。それもおめぇの親父からの言いつけってやつか?」

「違います。わたしの意志です」

「何が目的でそんなことをしたってんだ」


 オシロはすぅっと息を吸い込んだ。胸の内に塊があるがの如く、息と共に長く長く吐き出す。


「父への反抗のつもり、だったのかもしれません」

「女の身で手柄を上げることが、お前にとっての反抗というわけか」

「はい。そして、ミハク姉様を探すつもりでもありました」


 オシロは左右に首を振る。


「しかし、まさか〈虚狼団〉に入っているとは思いませんでした。一体何があったのか、それを確かめなければ気が収まりません」

「……オシロ。そのミハクが嫁いだ先とは、一体どこだ?」

「今川、という名の大名でした」


 その言葉を聞いた時、キュウのまぶたがぴくっと跳ねた。「うん? 今川だって……?」とチヨも記憶を辿るように拳で額を叩いている。


「今川、今川……聞いたことがあるなぁ」

尾張おわりの国の大名に敗れたという将のことだ。今川には白面しろおもての女性が付き添っていて、名は、そう……ミハクといった。風の噂によれば、尾張の大名の作戦を読んで抵抗を試みたそうだが、結局は数に敗れた」

「ええ。嫁いだ当初は手紙は来ていましたが、いくさが激しくなるにつれ、途絶えがちになりました。そして今川が滅んだ時をきっかけに、手紙は一通も来なくなりました」

「そして今は〈虚狼団〉か。一筋縄じゃいかねぇ理由がありそうだな」


 心持ちうつむいているオシロを見下ろし、キュウは言い放つ。


「前にも聞いたが、もう一度聞こう。今度の戦で、お前は姉を斬れるか?」

「……わかりません」


 ぐっと拳を握り込み――キュウを見返す。


「けれど、姉様がこの村を焼こうとするのなら、わたしは全力で止めます」

「村を守るためにか? 侍としての誇りか? それとも、姉を止めたいのか?」

「全てです」


 はっきりと言い放ったオシロを見——「へっ」とチヨが不敵に笑った。


「なかなかいい覚悟じゃねぇか。これなら心配いらなさそうじゃねえか。なぁ、キュウさんよ?」

「…………」


 キュウはこれ以上の問答を避けるかのように、元の場所に戻って腕を組んだ。「つまんねぇの」とチヨがふんぞり返っても、別段反応を示さない。


 オシロは二人を交互に見ていたが、両方ともすっかり黙り込んでしまっていた。そして、ふと思い出したように、「あ」と声を上げる。


「そういえばキュウ殿……リタ殿はどうしたのでしょうか? いつも付き添っておられるのに」

「ああ? あー……そういえばそうだったな。ついてやらねぇで大丈夫なのか?」


 キュウは「問題ない」とそっけなく答えた。


「今、リタはシマダの近くにいる」


 オシロとチヨ、二人は目をぱちくりとさせて――顔を見合わせた。


「そういやあの二人、なんかありそうな関係だったな」

「今度の戦に関係があるのでしょうか?」

「そこまでは知らねぇよ。……どうなんだい、キュウさんよ?」


 キュウは瞑目したまま、答える素振りはなかった。

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