第50話「〈星石〉」

 シマダ、リタ、キュウたちは次に、〈からくり〉が立ち並ぶ鉄火場てっかばへと赴いた。開けた扉から明かりが差し込んでいて、中から「うっひょお!」という品のない声が響いてきた。


 中に入るや、建物の奥——窯のある近くで、侍たちとワカが輪を作っているところだった。


「どうかしたか」

「おお、シマダ殿。……まぁ、これを見れば言葉は要らんであろう」


 いち早く気づいたゴロウが道を空け、三人は歩み出る。窯の手前で虹色の輝きを放っているのは、赤ん坊の拳程度の〈星石〉だった。しかもひとつやふたつではなく、腰の高さまで届くほどこんもりと積まれている。


「これほどの量とはな……」

わたくしのいた国でも、そうは見かけないですわね」

「うん。あすこの村人たちいわく、かき集められるだけかき集めたそうだ」


 シマダが首を差し向けると、鉄火場の隅でおどおどしている村人たちの姿があった。こちらの反応をうかがっていて、手足は土や泥にまみれている。


 シマダは輪から離れ、村人たちに歩み寄った。びくり、と肩を震わせた彼らに——「感謝する」と伝える。


「これだけの〈星石〉があれば、ワカたちの〈からくり〉を存分に動かせる。それに、これだけの〈からくり〉を整備してくれたのも、お主たちであろう?」


 一人がぎこちなく、首を縦に振る。


 シマダは頬を緩め、その男の肩に手を置いた。


「お主らの心遣い、しかと受け取った。……いくさは私たちに任せろ」


 こくこく、とその男はうなずいた。どうやら口がきけないらしい。貧相な外見とは裏腹にその手は分厚く、腕にも火傷の痕が点々とある。シマダの視線に気づいたらしく、ばつが悪そうに、その腕を背中に回した。


「なぜ、隠すのだ?」

「ん、んっ……」

「手を出してみせてくれ。そこのお主たちもだ」


 村人たちは顔を見合わせ、遠慮がちに自分の手を差し出した。どれも泥やすすなどで薄汚れていて、差し出した本人たちは居心地悪そうにうつむいている。


 しかし、シマダはその手を取った。下から、そして上から包み込むように。


「自信を持て。お主たちの村を守るのは、あくまでお主たちだということを忘れないことだ」

「……?」

「〈からくり〉や刀を持つだけが戦ではない。そのことをゆめゆめ、忘れないようにしておけ」


 シマダは手を離し、ワカたちの輪に戻った。全員から注目を浴び、シマダにしては珍しく体を引いてうろたえた。


「なんだ?」

「いえ、シマダ様は本当にお鈍い方でいらっしゃること……」

「まったく、あれではそれがしでも惚れてしまうわい」

「ほらほら、他の皆さんも手を拭いたりしてますよ。これから全員に握手でもしますか?」

「先生、私が言うのもなんですが……ああいうのはちょっと、控えた方がいいのかもしれません」

「誤解されるきっかけを生むだけだ」

「——へっ。だったら、俺が十人でも百人でも握ってやる!!」


「おらおら!」と腕を振り回し、手近な村人を捕まえる。ほとんど羽交い絞めするような形で無理やり手を握っているものの、村人の方は背中に乳房が当たって赤面するやらおののくやらと、表情をくるくると変えていた。


 ゴロウが額に手を当て、嘆息する。


「そういうことじゃなかろうに……」


 チヨと声と村人たちの悲鳴が交錯する中——シマダは咳払いした。


「タイラ、村の守りの方は?」

「入り口も含めて村の外縁を柵で囲み、侵入が容易な部分には水を流しました。出来得る限りのことはしましたが、大砲などで攻められたらひとたまりもないでしょう」

「そうか。……ゴロウ、〈からくり〉はどうだ?」

「ムクロ殿たちが頑張ってくれたおかげでな、新品同様よ。〈星石〉もこれだけあることだから、長期戦に入っても大丈夫だとは思う。しかし、の……」

「わかっている。長期戦に入れば、私たちが負けるだろう」

「なぜ、そうと言い切れるのでしょうか?」


 オシロの疑問に答えたのは——意外にも、キュウだった。


「私たちの体力がいつまで保てるか、だ」

「あ……」

「短期決戦。出来得る限り〈虚狼団〉の〈からくり〉を減らし、その上で頭領とうりょうを叩く。それしかない」

「正直なところ、この村の方々たちを戦力として数えるには心細いものですわ」


「むっ」と眉をひそめたイヅの袖を、ワカが引っ張る。渋々といった具合で「わかってるわよ」と身を引いた。


 シマダはあごに手を添え、ひと呼吸置いてから——「ワカ」


「うん、なに?」

「お主は守りに専念してもらう。お主の〈からくり〉はどう見ても、防衛用として向いているからな。……どうだ?」

「うん、大丈夫」

わたくしがさんざん稽古けいこをつけましたもの。まだまだ私には及びませんが——〈野盗やどり〉程度なら難なくあしらえますわ」

「おいおい、おれを忘れちゃいねぇか!?」


 いつの間にかチヨが戻っており——同時に、村人たちがぜいぜいと息を吐いているのが見えた。どうやら本当に全員と(無理やり)握手を交わしてきたらしい。


 ゴロウは渋面を作り——「シマダ殿、こ奴はどうする?」


 しかしゴロウとは対照的に、シマダはまっすぐにチヨを見据えていた。


「チヨ。お主には重大な役目がある」

「なんでぇ、それは?」

「入り口を守ることだ。ここを突破されては、村が蹂躙じゅうりんされる危険性が高まる。敵が最も狙いやすい場所であり、味方が最も狙われやすい場所だ」

「ほぉ?」

「危険だぞ。出来るか?」

「——へっ!」


 どん、と力強く胸を叩く。


「このおれ様に何を言ってんでぇ! 天下に轟くチヨ様よ! 〈虚狼団〉だろうが、〈からくり〉が何十機来ようが、おれとおれの〈大刀だいとう〉で蹴散らしてやらぁ!!」


 がはは、と天に向かって笑い声を上げる。ワカたちはめいめいに不安げな、それでいてどこか力の抜けたような笑みを浮かべていた。


「——よし」


 刀のつばに手をかけ、シマダは全員の顔を等しく見回した。


「〈虚狼団〉が来るまでにはまだ間がある。全員、しっかり休んでおけ。……これが最後の休息であると心せよ」

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