第49話「戸惑い」

「こんな夜更けに、どのようなご用ですかな?」


 ギサクの家に立ち入ったのはシマダ、そしてリタとキュウだった。ギサクはまるで待ち構えていたというように、あぐらを組んでいる。


「〈星石せいせき〉について、お訊ねしたい所存です」


 前置きもなくシマダが言うが、ギサクは別段驚いたりはしなかった。


 シマダの隣に立ち、リタが続ける。


「この村に初めて来た時に、申し上げておきましたわね。〈星石〉のことを外部に流した者がいる、と。……無礼を承知で言わせて頂くと、ギサク様には心当たりがあるのではなくて?」

「十中八九、カシラだろう」


 あっさりとした返答に、リタは面食らったようにあごを引いた。


 その反応を知ってか知らずか——盲目の老人は続ける。


彼奴きゃつにはこの村の作物と道具を売買するため、身分を隠して〈町〉に赴いてもらっている。そこで何があったかは知るよしもない。しかし〈星石〉のことを知り、なおかつ外との交流がある者といえば、カシラぐらいのものだ」

「……わかっていて、そのままにしておいたということですの?」

「人の口に戸は立てられぬ。そう思いませんかの」


 リタの眉間がきつく寄せられ、ずいとギサクの前に立った。


「開き直りのつもりですの? 早々に彼を追放しておけば、噂を聞きつけて

虚狼団ころうだん〉が来ることも——」

「そうすればカシラは村のことも、〈星石〉のことも大っぴらに言うかもしれない。〈星石〉が採れるという時点で、この村がいくさに巻き込まれるであろうということは、薄々感づいてはいた」

「それでも、この村を離れないと?」


 シマダの問いに、「うん」とうなずき返す。


「わしらにはどこにも行き場がない。一から村を作るだけの力もそうはない。例えワカと〈からくり〉があったとしても、住む場所を追われてしまっては心の拠り所がなくなってしまう。……そういった状況で、もし、村人を追放するようなことがあれば――誰もが不安に陥るだろう」


 ギサクの言葉が途切れ、風の音のみが場をかすかに震わす。ろうそくの炎も小刻みに揺れていた。


 シマダが一歩、前に進み出る。


「ギサク殿。もしもいくさの最中で裏切り者が出るようなことがあれば……その時は斬る。構わんな?」

「ん……」


 ギサクは組んだ手に力を入れ、重々しくうつむいた。


「捕らえるだけ、というわけにはいかんのでしょうか」

「戦の中でそれを気にしていれば、後ろから斬られることもある。それで仲間の命を失うことがあれば、後悔するのはギサク殿、あなただ」

「……でしょうな」


 そこに、キュウがギサクの前に立った。足音はしなかったが、気配に気づいたのか——ギサクが心もち面を上げる。


「オシロは実の姉と戦おうとしている」

「むぅ……」

「全員、命を懸けようとしている。ここで甘さを見せれば、次に斬られるのは自分かもしれない。その覚悟はあるのか?」

「カシラは、そんなことは……」

「ない、と言い切れるのか?」


 ギサクは黙り込んだ。キュウ、そしてシマダもリタもそれ以上何も言わず、ただ彼の言葉を待った。


 風が吹き止んだところで——「その通り、なのでしょうな」


「わしらは戦のことはよく知らない。知りたいとも思わない。裏切り者がいるとわかっていても、どうしたらいいのかわからん。ただ、仲間内で命のやり取りだけは御免こうむりたい」


 ギサクはまっすぐに閉じられているはずの両目を、キュウに差し向けた。


「身内を斬った、と仰いましたな」

「そうだ」

「ためらいはなかったので?」

「なかったと言えば、嘘になる」

「後悔は?」

「もう過ぎたことだ。今さらどうしようもない」

「……お強いのですな」

「それは違うな、ギサク殿」


 シマダが即座に否定する。


「この戦乱の時代、後ろを見せれば斬られる。自分だけではない。他の誰か――そう、自分にとって大切な人が斬られることもある。斬らなければ生きていけない、守ることもできない。例え身内が裏切り者であっても、断固とした決意で事に臨まなければなるまい」

「そうして、あなた方は侍としての力をつけていったのですな……」

「不本意なことに、と付け加えておきますわ」


 ギサクは組んだ手を緩め、ひとつうなずき、「わかった」


「もし、誰かが不穏な動きを見せることがあれば……村を危機に陥れるようなことがあれば、その時は斬っていい。わしの方から言いつけておく」

「そうしてくれますと、助かりますわ」

「だが……」

「わかっている。なるべく捕らえる方針でいく」

「……お願いすることばかり、ですな」


 ギサクは床に手をつけ、頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る