第11話「侍、一人」

 シマダが腰を据えたのは先ほどの〈町〉の、うらぶれた木造の宿場しゅくばだった。


 他にも客人——半裸の浪人や人夫にんぷ雑魚寝ざこねしていたが、シマダとオシロが足を踏み入れたのを見て、何事かと慌てて隅に引っ込んだ。シマダは彼らを一瞥いちべつもせず、刀を抜いてから、囲炉裏いろりの前にあぐらを組んだ。


「……さて、そこのお主たち。そう、お主たちよ」


 戸口から覗いていたワカたちは顔を見合わせ、のそのそと出てきた。三人の外見にオシロが一瞬だけ息を呑む気配を見せたが、シマダは眉をぴくとも動かさない。


「先ほどからずっとついてきていたな。私に何か用か?」

「あ、えっと……そのですね。ちょいと、お願いがございまして……」

「カシラ、もっと強気でいかないと!」


 イヅに肘で小突かれ、カシラはえへん、と胸を張ろうとして——その前にワカが、一歩前に進み出た。


「あなたはお侍さん?」

「なぜ、それを聞く?」

「ぼくたち、お侍さんを集めなきゃいけないんだ」

「ほう? 集めてどうするのか?」

「〈野盗やどり〉をやっつけてもらうの」

「……ふむ。話を聞こうか」


 そこから先は、イヅとカシラが細かく事情を説明することとなった。その間、ワカはただ正座して、囲炉裏がぱちぱちと音を立てているのを興味深そうに見つめていた。オシロの視線——好奇心と気まずさが同居した——に気づく様子はない。


 やがて——


「……なるほど、〈虚狼団ころうだん〉か」

「はい。そういうわけで、シマダ様にお力添え頂けないかと。どうか、この通りでございます」


 カシラが深々と頭を下げ、次にイヅが、遅れてワカも後に続く。


 しかし——「断る」


「え、断るって……!?」

「私にもできることと、できないことがある。〈虚狼団〉を相手に立ち回るなど、正気の沙汰ざたではない」

「そんな! そこを、なんとか……!」

「どこかで聞いたかは忘れたが、〈虚狼団〉は〈からくり〉を二十から三十は抱えているそうだ。さすがにそんな数を相手にはできん」

「では、先生。他にも〈からくり〉に乗った侍を集めてみる、というのはどうでしょうか?」


 差し挟まれたオシロの提案に、シマダが顔をしかめる。しかし、彼女は構わずイヅとカシラに端正な顔立ちを向ける。


「戦う力のない村人相手に〈からくり〉で圧倒するなど、卑怯者のやること! 不肖ふしょうながらこのオシロ、是非とも協力したく存じます!」

「おお、それはありがたいこってす!」


 カシラの脇腹をイヅがつつき、小声で「あんなんで大丈夫なの?」と不安を口にした。「いや、でもなぁ、力になってくれるって言うし……」と、カシラもさすがに自信がないようだった。


 シマダは腕を組み——「オシロとやら、今の話を聞いていたのか?」


「ええ、しっかりこの耳で聞きました! 先生、このような者たちの願いを聞き入れずして見過ごしては、あまりにもかわいそうではありませんか!」


 ばぁん、とイヅが床板を平手で打ちつけた。


「……聞き捨てならないわね」

「な、何か?」

「あんたのそういう態度、気に入らないって言ってるのよ。何様のつもり?」

「イヅ、やめとけって!」


 カシラが片手で押さえつつ、「申し訳ありません」と頭を下げる。


「ちと、気が短い子なんです。腹立たしいかもしれませんが、許してやって下さい」

「い、いえ。大丈夫です。それよりも、頭を上げて下さい……」


 カシラはイヅにきつい目を向ける。彼女は怒りを隠し切れない様子で、そっぽを向いてしまっていた。


 それから数秒ほどして——ふぅ、とシマダが吐息をついた。


「カシラ、一応聞いておくが……人を働かせる以上、報酬はあるのか?」

「あ、あります。村に来れば、たらふく飯を食わせられます。それに……」

「それに?」


 カシラは身を乗り出し、小声で「……〈星石せいせき〉も用意できます」


 その言葉にシマダ、オシロが目を見張った。


 シマダは同様に声を抑え、「今、持ってきているのか?」


「あります」とカシラは答え、布袋から小指の先程度の〈星石〉を取り出す。虹色に輝くその石を前に、シマダはさっとカシラの手を自らの手で覆い隠した。


「すぐ戻せ。お主らが〈星石〉を持っていると知られたら、面倒なことになるぞ」

「は、はい……!」


 カシラはすぐに言われた通りにして——シマダは先ほどよりも重々しいため息をついてから、「なるほど」とうなずいた。


「そういうわけなら、〈虚狼団〉に狙われるのもわかる。連中は食糧だけでなく、あれも欲しがっているというわけか」

「〈からくり〉を持っておらずとも、場所によっては高く売れますものね」

「うむ。いくさのあるところならばな。……むぅ」


 シマダは立ち上がり、戸口の手前で歩き回り始めた。時おり目を閉じては、何かをつぶやいている。


「東西南北、それぞれに一人。後詰ごづめに二人。私を入れて七人、か……」

「え、シマダ様。それって、つまり……!」

「うん? ――いや、勘違いするな。頭数が揃えばの話だ」

「ならば、これから集めてみませんか? 奴らは次の満月の夜に来ると言ったのでしょう? まだ時間はあるはずです」


 だが、それでもシマダは首を縦に振らなかった。


 カシラが肩を縮めて口を閉ざし、イヅも顔を背けたまま——ワカは立ち上がり、シマダの前に立った。


「お願い。戦ってほしい。ぼくと一緒に」

「お主と? ……お主自身も、あの〈からくり〉で戦うというのか?」

「うん。拾った奴だけど」

「まさかとは思うが、あの〈からくり〉で〈虚狼団〉を撃退したとでも?」

「うん。でも、一機だけ。だから来てほしいんだ。ぼくだけじゃ守れないから」


 シマダはしばらく考え――「面白い」


「カシラよ、ちょうど腹が減っていた頃だ。今からでも米を炊いてくれんか?」

「え!? シマダ様、それじゃあ……!」

「先生! それはつまり……!」


 ふっとシマダは口の端を持ち上げ――ワカの肩に手を置いた。


「お主らの飯、おろそかには食わんぞ」

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