第12話「〈からくり〉大乱闘」

 炊き立てのご飯を食い終えた後で、シマダは言った。


「私を入れて、七人。それ以上多くても少なくてもいけない」

「そりゃあ、一体どうしてです?」

「ふむ……ワカ、お主にはわかるか?」


 正座していたワカは、こくりとうなずいた。


「多いと指示がしづらいから。少ないと敵の数に押されるから」

「そう。そして……万が一、私たちの中に反逆者が出てきた時、押さえ込むことのできる頭数でもある」


 ぎょっとカシラ、そしてオシロが目をむいた。シマダは腕を組んだまま、二の句を継ごうとしない。それはワカも同様だった。


 不意に沈黙の空気がその場を包まんとした時、カシラがおそるおそる口を開いた。


「し、しかし……シマダ様。どうやって他のお侍様を引き連れてきたらいいのでしょうか? 俺たちもここに来てから散々声をかけましたが、まったく相手にされませんでした」

「それでも、やるしかあるまい。……なぁに、この〈町〉には〈城〉の目も行き届いているような場所だ。根気よく探せば、物好きの一人か二人は見つけられるだろう」

「——あ、そういえば」


 思い出したようにオシロが一枚の紙片を取り出す。墨汁で描かれたそれには、「〈からくり〉大乱闘」と大きな文字と地図があった。


「どうやら〈町〉からちょっと離れた闘技場で、〈からくり〉同士による試合がある模様です。名うての乗り手が集まるので、〈からくり〉に乗った侍を集めるにはちょうどいいかもしれません」

「ほぉ。お主、いいものを拾ってきたな」

「いやぁ、先生にそう言われるなんて恐縮です……」

「だから、先生などではない。それに、お主は数に入れていない」


 浮かれたように頭をさすっていたところから一転——「え!?」と仰天そのままにオシロが身を乗り出した。


「お主はまだ子供だ。それに、戦の経験もないだろう。〈虚狼団ころうだん〉を相手にするには、力不足だ」

「そんな! ワカ殿だって、まだ子供じゃありませんか!?」

「ワカはお主とは違う。〈からくり〉に乗っていようがいまいが、お主には経験も覚悟もありはせんよ」


 そう言って立ち上がり、ワカたちを一瞥いちべつする。


「時間が惜しい。まず、この〈からくり〉大乱闘とやらにおもむいてみるとしよう。いいな?」

「あ、はい……」

「あんまり気乗りはしないけど、しょうがないわね。……ほら、ワカ。行くわよ」

「うん」


 ぞろぞろと四人が戸口から外に出ていって――半ば呆然としていたオシロが、慌てて刀を手に持ち、「待って下さい、先生ー!!」と追いかける。


     〇


 地図に従い、〈町〉から伸びる一本道を歩いていくと——遠くの方角から、金属と金属とが激しくぶつかり合う音が聞こえた。ワカたち五人の足取りは自然と速くなり、やがて大きく開けた闘技場へと辿り着いた。


 そこだけ伐採ばっさいされたと思しき、広い平地の中心には円状に木の柵が突き立てられている。高さは〈からくり〉の二倍以上もあり、木の一本一本の太さも大人の胴をゆうに超している。


 そして木の柵の内側で、二機の〈からくり〉が向かい合っていた。真剣の類いは禁じられているのか、双方とも木製の武器を手にしている。


「ほう……」


 シマダが感嘆ともつかぬ吐息を漏らした時、〈からくり〉同士が大地を蹴った。武器どころか、己の〈からくり〉そのものをぶつけかねないほどの勢いだ。


 一機が木刀を大きく上段に構えた。


 もう一機は挑みかかってきた相手の木刀を下から払いのけ、振り上げた勢いそのままに、腕の関節をしたたかに打った。


 片腕が半ばちぎれ、木刀を吹き飛ばされた相手は、「くっそぉ!」となおも残った腕を振り上げようとして——その腕が、真上から振り下ろされた木刀によって、両断された。


「——な……」


 唖然としている操縦者の〈からくり〉が、膝からがくんと崩れる。とどめといわんばかりにもう一機の〈からくり〉が木刀を上段に構えた時、「ま、待ってくれ!」と懇願した。


「降参、降参だ!」


 木の柵の外から取り囲んでいた観客が、まるで日頃の鬱憤うっぷんを晴らすかのように歓声を上げた。「ちくしょお、負けたぁ!」と悔しがって何やら紙切れを握り潰している者もいる。おそらく、賭け事をしていたのだろう。


「見事な腕前だ」

「うん。あの人も強い」

「ちょ、ちょっと待って! あれに乗っているのって――」

「……女性、ですね」


 今しがた勝利を収めた〈からくり〉の操縦席に乗っていたのは、見るからにふくよかな女性だった。温和な笑みを浮かべ、観客に手を振っている。乗っている〈からくり〉は全身を装甲で固めており、腰が地につきそうなほどに全高が低い。


 十人程度の男たちと〈からくり〉二機が、操縦者と壊れた〈からくり〉を運んでいく。入れ代わりに金色の着物を来た男が闘技場の真ん中に駆け足で向かい、「なんてことだ!」と高らかに叫んだ。


「まさか、まさかの番狂わせ! 泣く子も黙る強豪ジグロをぶった斬ったのは、今回が初参戦だというタイラ! しかも女ときたもんだ! 微笑みの裏に隠した本領ほんりょうを惜しみなく発揮し、いよいよ決勝戦へと駒を進めた! しかも、驚け! 決勝戦の相手もなんと女! まったくまったく――野郎ども、情けねぇぞ! さぁ、優勝賞品の米俵半年分を手に入れられるのは、一体どっちだあッ!?」


「あのー……お腹空いたんで、ちょっと休憩したいんですけどもぉ……」


 タイラの声を無視し、ぶぉんと拳を天高く振り上げる。


「さぁ、出てきてもらいましょうッ! 〈からくり〉は〈巫山戯ふざく〉、乗り手はゴロウ! 対戦相手は〈不動ふどう〉を操るタイラ! さぁさぁゴロウ、出てきてもらいましょうかッ!」


 金の着物の男がばっと手を広げる――が、ゴロウなる者は出てこなかった。


「…………」

「…………」

「…………」


 観客の沈黙と視線に耐えられなくなったのか、男はすぐさま、豪奢ごうしゃな建物へと飛び込んでいく。金切り声がしたかと思えば、ややあって、ようやく一機の〈からくり〉が闘技場に出てきた。


 全高はワカの〈地走〉より少し高い程度。装甲の色はすすけた茶色で、〈地走〉と同じように手足を包んでいる。ただ、背部がやけに盛り上がっている。その背部の両側には刀が二振り装備されていた。


「ふぁあ……まったく、いい夢を見ていたというのに」


 ややくせ毛の目立つ長髪に、片耳には玉飾り。手足、腹、首に白い布を巻きつけてあり、その上から着物を適当に着崩している。重たげに瞼を上げ、タイラの姿を認めると——「ほぉ」とすぐにぱっちりと開いた。


 対しタイラはにこにことしたまま、微動だにしない——が、ぐぎゅるるる、と思いきり腹を鳴らしていた。金の着物の男は顔に手を当てて嘆息したが、ゴロウは「わはは」と笑い声を立てた。


「面白いな、お主」

「そういう、あなたこそ」

「真剣で戦えないのが残念だのう」

「いえいえ、そうなったら私はすぐに逃げますよ」


 飄々ひょうひょうとしたタイラの返答に、ゴロウがますます口の端をつり上げ、目を細くする。


 そして男に向かって、「おい」と呼びかける。


「さっさと開始の合図をせんか。客が退屈するであろうが」


 金の着物ははっと胸を突かれたように——「わ、わかってらぁ!!」


「まったく、女ってのはこれだからッ! ——ええい、皆の衆待たせたな! これより決勝戦、タイラ対ゴロウの一騎討ちだッ! では、はじめぇッ!!」

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