第10話「〈からくり殺し〉のシマダ」

 ワカ、イヅ、カシラは長身の女性の後をつけて、〈町〉の出口から伸びる道をぞろぞろと歩いていた。さほど離れていないため、〈地走じばしり〉の足音は聞こえているはずだが、女性は振り返ろうともしない。


 ごくり、と唾を呑んでから意を決したようにカシラが息を吐く。


「よっし、俺が声をかけてみる」

「しっかりね、カシラ」


 カシラが小走りで近づこうとしたその時——突風のごとく、ワカたちの横を〈からくり〉が走り抜けた。全身の装甲は白く、腰には刀が二振り差してある。頭部には男子のまげを連想する意匠いしょうが施されていた。


 怪訝けげんそうに振り返った女性の手前——〈からくり〉の乗り手がばっと降り立ち、いきなり両手を地面につける。白地の羽織を身にまとった、まだ十代と思しき少女だ。


「先ほどの捕り物、お見それ致しました! 私はオシロと申す者。是非、あなた様の弟子になりたく存じます!」

「…………」


 女性は困ったように口をへの字に曲げていた。さらに眉をしかめたのは、道の端からまたしても、〈からくり〉が現れたからである。


 装甲には泥による汚れと無数のひび割れが目立ち、背部の何本ものくだから煙を噴き出している。無駄に大きな角飾りをつけているが——これもまた年季が入っていて、すっかり光沢が失われていた。


 その乗り手の目はぎらついていた。さらしを巻いた胸がはちきれんばかりに、くすんだ着物の前を押し上げている。枝毛まみれの長髪を無理やりひとくくりにしていて、おおよそ品性とはかけ離れた風貌ふうぼうだった。


 豪胆ごうたんが服を着たようなその女性は、〈からくり〉でうろうろしながら女性をじろじろと眺め――時おり「ふん」と鼻を鳴らしては、やはりまたじろじろとしつつ歩き回っている。


 何かしら言葉を発する様子もないので、女性はひとつ息をついてから、「——何か、用か?」


「おめぇ、〈からくり殺し〉のシマダだな?」

「……ふむ、久々に聞いた名だ」

「聞いたことがあるぜ。〈からくり〉だらけの戦場で、刀一本で駆け抜けたってな。噂話に過ぎねぇと思っていたが、本当だったとはな」

「昔の話だ。今はしがない流れ者だ」


 そう言って、歩き出そうとしたところで——「待って下さい!」


「先生、まだ返答を頂いておりません! どうか、どうか私を弟子にしてくれませんか!?」

「ん……オシロといったな?」

「はい!」

「私は先生などと呼ばれるにはあたいしない。それに、女の身で武芸に長けたとして、それでどうするか」

「っ……そ、それは……」

「この世はしょせん男の世界よ。それがわからぬ歳と、身分でもなかろうに」

「……!」


 絶句したオシロとの間——シマダの前に〈からくり〉が割って入った。


「おうおう、気に入らねぇなぁ。おめぇのその、何もかも見透かしたような顔よ。それで侍のつもりか、ああ?」

「ならば、聞こう。お主は侍か?」

「——あ、当たり前だろ! この〈からくり〉と、俺様の刀が見えねぇってのか!」


〈からくり〉が背中から大刀を引き抜き、大げさに掲げる。あまりに作法に欠けた振る舞いと見たのか、オシロがシマダを庇うように立ち回った。


「お主、さっきから無礼であろう! 〈からくり〉から降りもせずに、やたらめったらと声を上げるは笑止千万! そうやって居丈高いたけだかに振る舞うのなら、そこらの〈野盗やどり〉と変わらないではないか!!」

「んだと、こら! いくさに出たこともないようなお姫様がぬかしやがる!」

「なッ!? ——き、貴様にそんなことを言われる筋合いはない!」

「……付き合っておれんな」


 シマダはくるりと振り返り、元来た道を辿るように歩き出した。


 とっさにオシロが、「先生、どちらへ!?」


「今日は客人が多そうなのでな。腰を据えられる場所でも探しに行く」


 シマダがこちらに歩いてくるのを見、イヅとカシラは委縮いしゅくしつつ道を開けたが——ワカはその場で突っ立っていたままだった。「ワカ!」とイヅが声を飛ばしても動かず、シマダを見つめている。


 そしてシマダもまた、すれ違う直前にワカの目を見返していた。お互い、まるで何かを確かめ合うように。


「待って下さい、先生! 先生ー!」


〈からくり〉に乗り込んだオシロが追いかけていく。


「……ふん」


 豪胆の女性は街道から外れ、土手に派手な音を立てて座り込んだ。「ふん!」と面白くなさそうに、〈からくり〉の操縦席で頬杖をついている。


 しばらくしてカシラが、「おっと、いけねぇ」と頭を打つ。


「どうやらあの背の高い人、〈からくり〉を持っていねぇみたいだな」

「そのようね」

「だが、〈からくり殺し〉なんちゅう異名を持っているような御方おかただ。ってことは、戦の経験もあるってことだ! そんな人だったら仲間になってくれれば、百人力だ!」

「そんな簡単にいくとは思えないけど……ねぇ、ワカはどう思う?」

「あの人はいい人だよ」


 さらっと言い切ったので、イヅはつい、「え?」と聞き返した。


「さっきの〈からくり〉で暴れてた人、殺そうと思えば殺せた。でもあの人は殺さなかった。赤ちゃんも助けた。いい人だよ」


 ワカにしては流暢な喋り方で——イヅはいったん口をつぐみ、それからまた言葉を発した。


「……ワカ、それは買いかぶりってものよ。たまたまうまくいっただけかもしれないじゃない」

「そうかなぁ」

「そうよ。……あと、あんた。『殺す』なんて言葉使わないで」

「なんで?」

「なんででもよ」

 

 やけに強調するイヅに、ワカはゆっくりと首を傾げた。

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