第9話「初めての侍」

 どん、どん、どんと地を揺らす震動に、〈町〉の人々が困惑しながら手近な家屋に引っ込んでいく。


 震動は左手側——〈町〉の出口の方だ。その遠くから〈からくり〉が、手足を振り回しながら走ってきている。追いすがるようにして武器を携えた複数の男たちが、そして一人の女性が必死に手を伸ばしていた。


「盗っ人だぁ――ッ!!」

「坊やぁッ! 誰か! 誰か、助けてぇ!!」


 大通りを突っ切ろうとしている〈からくり〉に乗っているのは、ひょろひょろとした、目がぎらついている半裸の男だ。〈からくり〉に掴まれている赤子は泣きわめいている。


「邪魔だぁッ、殺すぞぉッ!」


 町人たちは慌てて道を開ける。〈からくり〉に乗っている侍たちでさえ、面倒事には関わりたくないといわんばかりに、見当違いの方向を向いていた。


 それを見たイヅが歯噛みし——とっさに〈地走〉の前に回り、ワカを見上げる。


「ワカ、あの子を助けられる!?」

「うん、できると思う」

「じゃあ……!」

「イヅ、カシラ。あれを見て」


 ワカが指さした先——赤子をさらった〈からくり〉の進む先に、長身の女性が歩いていくところだった。あろうことか〈からくり〉の前に立ち塞がるように、真正面から向かい合っている。


 その女性は、己の背丈ほどもある長刀を腰に携えていた。ざっくりと切った黒髪で、年季の入った着物を着ている。装飾品の類いは着けておらず、見る角度を変えれば男と見間違えそうなほどの体格もあった。


 生身の人間の乱入に驚いた盗っ人が、つい〈からくり〉の足を止めた。


「どけ! 踏み潰されてぇのか!? こっちにゃあ、ガキがいるんだぞ!」

「……子供を人質に取るとは、恥ずかしくないのか?」

「んだとぉ!?」

「ところで名も知らぬ男よ、あれを見てみろ」


「あ?」と素直に女性が指さした方向を見やった瞬間、すべて終わった。


 女性は一足飛びに接近、長刀を下から地面をこするように振り上げた。関節狙いの斬撃——〈からくり〉の腕がたやすく斬られ、指から離れた赤子が落下していく。女性はその赤子を、優しく受け止めた。


 次に、赤子を抱きかかえた状態で、今度は横なぎに長刀を振るう。腕と同様に両足も切断され、ぐらりと、〈からくり〉は背中から倒れ込んだ。


「え、は……?」


 何が起きたのか、あおむけになった盗っ人には事態の理解が追いついてないようだった。操縦桿をでたらめに動かしているが、残った片腕ををばたつかせることしかできない。


「坊やぁッ!」


 赤子の母が息を切らして駆けつけてくる。


 長身の女性は赤子を母に預け、「よかったな」と口にする。母は「ありがとうございます!」と何度も何度も頭を下げ——不意に、赤子が手を伸ばしかけていることに気づいた。その手の先には長身の女性がいて、何かを掴みたがっている様子だった。


「ん、む……」


 少し迷う素振りを見せてから、女性は己の手を赤子に伸ばした。赤子は指の一本を掴み、ぱぁっと顔を明るくした。「んん……」と女性は気まずそうにしながら、ゆっくりと手を引っ込めた。


「この野郎、出てきやがれ!」

警番けいばんに突き出してやる!」

「ただで済むなよ、おらッ!」


 複数の男が〈からくり〉に足をかけ、強引に盗っ人を引っ張り出す。


 その様子を尻目に、長身の女性は颯爽さっそうと歩いていった。


「強いね、あの人」


 ワカが確信を込めて言う。


 カシラもうんうんとうなずき、「てぇしたもんだ」


「ああいう人が村に来てくれれば、頼もしいんだがなぁ」

「でも、〈からくり〉を持っているのかしら?」

「それはわかんねぇよ。とりあえず、あの人の後をつけてみようぜ」


 ワカもイヅも、特に反論を差し挟まなかった。

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