侍集め

第8話「奇異の眼差し」

地走じばしり〉の足裏には車輪があり、平らな地面なら素早く移動できる。


 ——のだが、カシラはともかく、イヅは〈地走〉の手に乗るのを激しく嫌がった。それならワカの膝の上に座ればいいじゃないかとカシラが言ったら、烈火の如く顔を真っ赤にして、すっかりへそを曲げてしまった。


 そういうわけで、三人と一機は普通に歩いていくこととなった。侍への報酬となる米俵こめだわらなどは〈地走〉に担がせていたから、イヅとカシラはほとんど手ぶら。そのため、山を越えることにさほど苦労はなかった。


〈町〉に着く頃には、太陽はほぼ真上にあった。


 上等な木材と屋根瓦やねがわらを使った家屋が道なりに連なっており、往来を人が行き交っている。着物を着た女。腰に刀、あるいは槍を手に持った侍と思しき男たち。きゃいきゃいと無邪気にはしゃいでいる子供。


 そして——〈からくり〉の姿もあった。堂々と通りを歩いているが、町民はその光景に慣れているらしく、見上げたり好奇の眼差しを向けることもない。せいぜい、邪魔そうに道を空けるぐらいだ。ワカの〈地走〉を見ても驚くことはなかったが、三人の姿を見るなり眉をひそめる者はいた。


〈町〉の入り口をはじめ、ところどころにある立て看板には「〈からくり〉同士での戦いを禁ずる。悪質な場合、〈城〉に引き渡すものとする」とある。


「ふぅむ。こんな看板があるってことは、騒ぎを収めるための〈からくり〉がいるのかもしれねぇな」

「その可能性は高そうね。……ワカ、くれぐれも慎重にね」

「うん」


〈地走〉を歩かせ――ひとまず三人は〈町〉の中間と思しき場所、家屋と宿屋との隙間に立つように陣取った。宿屋から出てきた主人が迷惑そうな顔をしていたが、ぷいと中に引っ込んでしまった。


「さて、どいつに声をかけるかな……」


 カシラがぽりぽりと頭をいた――その時、通りかがった人々がワカたちに奇異の眼差しを差し向けていた。近寄りたくないのが見え見えで、こそこそとささやき合っている。〈からくり〉に乗っている侍も、〈地走〉を——いや、ワカを一瞥いちべつするなり、軽侮けいぶの目を遠慮なく浴びせかけてくる。


 カシラはあごを強くさすり——「ちっ」


「わかっていたが、ここまであからさまとはな」

「イヅ。どうしてみんな、変な顔をしてるの?」

「あたしたちが珍しいからよ。……そうだ、ワカ。これをかけておきなさい」


 そう言ってイヅが差し出したのは、黒の眼帯だった。


 それを見るなり、ワカはぶんぶんと首を振る。


「それ、嫌だ。かゆい」

「我慢して。この〈町〉を出るまでの辛抱だから」

「嫌だ」

「……ワカ。お願いだから」

「…………」


 ワカは〈地走〉から降り、唇を尖らせつつ、眼帯を手に取る。嫌そうな顔はそのまま、白く濁った目を隠した。


「ごめんね、ワカ」

「……イヅなんか、嫌い」

「…………」

「ま、まぁ、気を取り直して侍探しだ!!」


 カシラが腕を振って、意気込む。


 率先して〈からくり〉に乗る侍に声をかけたのはカシラで、次にイヅ。ワカには無理だろうと二人は判断して、ひとまず様子を見るようにとイヅから言いつけられた。


 果たして——


「無礼者! その程度の褒賞などで〈虚狼団ころうだん〉と戦えだと!? 人を馬鹿にするにも程がある!」

「なんで名も知らぬ村のために、命を張らんといかんのだ! 失せろ!」

「よくよく見ればお主ら、見るからに訳ありではないか。そんな得体の知れない連中に依頼されても、名誉にもならんわ!」


 というように、すげなく断られる始末だった。中にはカシラが隻腕、ワカが眼帯をつけているというだけで、はっと鼻で笑われてしまった。


 そして——


「ふん、村のために戦えだと? しかも〈虚狼団〉を相手に? ……まぁ、そこの女子おなごを嫁にくれるというのなら、考えてやってもいいが?」


 その侍は〈からくり〉から降り、無遠慮にイヅを眺め——ほとんど不意打ちのようにイヅのあごを掴んだ。しかし、彼女の髪に隠れた火傷を見て、「うぇっ」と思わず手を離す。しかもその手を汚れでも落とすかのように、ごしごしとはかまでこすったのである。


「なんと醜い女子だ……! こんなの、こちらから願い下げ——うおっ!!」


 その侍の鼻先になまくらを突きつけたのは、いつの間にか〈地走〉に乗っていたワカだった。ぺたんと腰を落とした侍に、冷えついたワカの声が降りかかる。


「イヅに謝って」

「……はっ?」

「謝って」

「——ふ、ふざけるな! 誰が、そんな醜い女子などに!」


 ワカがなまくらを上げかけ、侍は「ひっ」と肩を縮め――


「ワカ、やめて!!」


 ぴたり、と〈地走〉の動きが止まる。


 荒い息を吐いていた侍は慌てて自分の〈からくり〉に乗り込み、「覚えておれ!」と捨て台詞を残して去っていった。


 その情けない後ろ姿を見——ワカはイヅの方に首を動かす。彼女はうつむきながら、髪を直しているところだった。


「イヅ、大丈夫?」

「大丈夫よ。……だから、嫌だったのに」

「んん……まぁ、なんだ。これじゃあ、見つからないかもな……」


 カシラが諦めの声を上げた——その時、地面が激しく揺れた。

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