第7話「前夜」

 ギサクの家から出てすぐ、ワカはムクロと〈地走じばしり〉の元へ向かった。機体を見、ムクロが呆れとも感嘆ともつかぬ吐息を漏らす。


「しっかし……よくもまぁ、こんなんで〈野盗やどり〉の〈からくり〉を吹っ飛ばすなんてぇな」

「イヅが危なかったから」

「わかってる、わかってるよ。……さて、あっちの〈からくり〉の火も収まったみてぇだし、使える部品があるか探してみるか」

「うん」


 二人が〈野盗り〉の〈からくり〉の分解に取りかかり始めたのを横目に、イヅはハツに付き添って家まで送っていった。二人で住むにはやや広く、ここに来る度にイヅはなんともいえない感傷がこみ上げてくる。ただ、それを口に出したことはないが。


 水を飲ませ、布団に寝かせるも、それでもハツは胸を押さえて呻いた。


「おばあ、なんかできることない?」

「いんや……ここまで体にガタがきてると、もうどうしようもないさ。そろそろお迎えかねぇ」

「そんなこと言わないでよ。ワカにはまだ、おばあが必要なんだから」

「いや、本当に必要なのはイヅ、あんただよ」


「え?」と目を丸くするイヅを見、ハツは額に汗を浮かべつつ笑みを浮かべる。


「ワカはあの通りの子さね。外に出れば否応いやおうなしに色んな人間に会うことになる。この村とは違う、人間とね」

「…………」

「不安なんだろう?」

「当たり前でしょ」

「イヅ、あんたがそう感じるのも仕方がない。人間は善意だけでできているわけじゃないからね。ただね、イヅ。それでも……ワカが外を知り、人間を知ることは必ずあの子のためになるんだよ」

「……人間が嫌いになるだけよ」

「そうかもしれないね」

「だったら……!」

「イヅ。あんたはあの子がこの村から出ることのないまま、一生を終えてほしいと、本気でそう思うかい?」

「そ、それは……」


 ハツはゆっくりと首を横に振る。


「今の時代……この世界は残酷さ。いつまでも安寧あんねいと、平穏に暮らしていられるわけじゃない。ならば自ら飛び込んで、生き抜く力を得ていくしかない」

「ん……」

「痛みも苦しみも背負ってこそ、強くなれるものさ」

「……きれいごとよ、それは」

「そうかもしれないねぇ」


 ハツはむせるように咳をした。思わず身を乗り出しかけたイヅの手を、ハツの両手が優しく包む。


「ワカのこと、頼んだよ」

「おばあ……」

「なに、大丈夫さ。あんたがいつもワカを守ってるように、ワカだってあんたを守ってやれる。なんも恐れることはないさ」


 イヅはうつむき、きゅっと口を結んで——ぽつり、と言葉を落とした。


「あたしに、できるのかな。ワカを守るなんて……」

「できるさ」


 イヅの頭を、ハツは震える手で撫でた。


「ワカもあんたも、強くて優しい子だからねぇ」


     〇


 陽が昇り始める前——初めて動かした時と同じ林の中で、ワカは〈地走じばしり〉を見上げていた。


「ふぅん、まぁまぁ見られるようになったじゃない」


 麻袋を担いだイヅがワカの隣に並び、〈地走〉をまじまじと眺める。


 木と鉄とで構築された手足には光沢があり、破損した箇所もほとんど目立たない。操縦席を囲む木の格子こうしも修理されており、今はきっちりと閉じられている状態だ。両肩の盾もつぎはぎではあるが、形としては整っている。頭部の角も綺麗に磨かれており、元は二本角だったものが、綺麗な一本角に変貌していた。


 ただし——


「あれ? なんで片目のままなの?」


 イヅの言う通り、〈地走〉の片目は落ちくぼんでいて、周囲に筋のようなひびが走ったままだ。


「ワカがこのままでいいって言ったんだよ」


 ムクロがのっそりと、〈地走〉の陰から出てくる。目の下には隈が浮かび、やたらと長いあくびをかました。


「まぁ、大将の兜と同じで、〈からくり〉の頭はただの飾りって意味合いが強いからな。〈野盗やどり〉のだって、頭がなかったろ? 頭をつけている奴は実力があるか、それなりのくらいについているかだ」

「そういうもんなんだ。……ん? ワカの目とは反対側なの?」


 ワカの見えない目は右側で、〈地走〉の落ちくぼんだ目は左側だ。その理由について、ワカはあっさりと答えた。


「ぼくの見えないところは、〈地走〉が見ててくれるから」

「……あ、そう」

「おーい、お前らー!」


 肩から大きな麻袋を引っ提げてやってきたのは、カシラである。早朝にも関わらず、全身からやる気が満ちている。


「お前ら、早いな! そんなに〈町〉に出かけるのを楽しみにしていたのか?」

「そんなわけないじゃない」

「おいおい、いきなり不満顔をするな。……で、ワカ。その〈からくり〉はもう動かせるのか?」

「うん」

「じゃ、いっぺんやってみてくれないか?」


 ワカはうなずき、膝をついた体勢の〈地走〉の操縦席に上っていく。木の格子を左右に開いて席に乗り込み、迷いのない手つきに伴って機体の頭部が天を向く。軋むような異音とぎこちなさはまだあるものの、それでも直立で立たせられている。


「おお……」

「よっしゃ!」


 カシラが感嘆の声を上げ、ムクロが喜びをあらわにするが、イヅは不安げに〈地走〉を——操縦席に収まるワカを見上げている。


「これなら道中で〈野盗り〉に出くわしたとしても、安心だな!」

「いやいや、カシラ。油断するでねぇ。こいつには盾と、分捕ぶんどったなまくらぐらいしかないんだ。できることといったらせいぜい、逃げることか体当たりぐらいなもんでな、もちろんそんな真似をしたらすぐにぶっ壊れる」

「あ、そうなのか……」


 ごほん、と咳払いし——「とにかく!」


「これで準備はできてるみたいだから、早速出発と行こうや!」

「カシラ、声が大きい。みんな起きちゃうでしょ」

「何言ってんだ、イヅ。どいつもこいつもとっくに起きてて、お前たちを待っているんだぞ」

「え?」


 カシラの言う通りだった。


 村の入り口の手前には、すっかり人だかりができている。ワカの〈地走〉が歩いてくるのを見て、めいめいに驚きの声を上げ——中には畏怖いふの眼差しを向ける者もいた。


「来たな」と杖をつき、三人の前にギサクが立つ。


「頼んだぞ、三人とも」

「おうよ。……ところで、爺様じさま。今さらなんだが、米で本当に侍たちを釣れるのか?」

「うむ。〈星石せいせき〉で釣るよりは危険が薄いからの。米で釣れるなら、その方がいい」

「そうかぁ? でもな、米で〈虚狼団ころうだん〉に立ち向かおうってえ奴が見つかるもんかな……」

「そうと信じるしかない」

「……不安だらけだな」


 ぼりぼりと頭を掻くカシラと、口を真一文字に結んでいるイヅ、そして普段通り――どこかぼんやりとしているワカ。


 三人は村人たちに見送られ、この地より山三つほど越えた先にある〈町〉を目指すこととなった。

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