第3話 アルバート

 紳士服を身にまとい、額にゴーグルを付けた男が椅子にもたれかかっている。

 

 彼の名はアルバート。

 

 仲間内や彼を知っている者からは「アルバ」と呼ばれている。

 あの夜、セシリア・ミラベルを魔女狩りから助けた男だ。


 ギルドの2階で数枚の依頼書と新聞、煙を吸わないためのガスマスク、そして帽子をテーブルに置き、朝食に舌鼓を打っている。

 

 朝食は卵二つにベーコン二つ、そしてパリッと焼けたソーセージがワンプレートに盛られている。アルバートはこの朝食のために早起きしてここに座っていると言ってもいいほど、この時間を大切にしている。


 彼はいつもギルドに朝早く来て、依頼の確認をし、朝食を済ませている。朝早く来なければ、割の良い依頼は他の者に取られてしまうし、朝食のルーティンも崩れてしまうからだ。


 朝食はだいたいいつも同じメニューで、なぜこのメニューにこだわるのかと聞かれれば目玉焼きがサニーサイドダウン(白身はしっかり固め、黄身をトロトロにする焼き方)であることがアルバートのこだわりだからだ。

 

 これがないと、彼の朝はどこか物足りないものに感じてしまう。


 また、アルバートは食べ方にもこだわっており、黄身にナイフで切り込みを入れ、ナイフとフォークで切ったソーセージを付けて食べる。そしてその合間に飲むのはオレンジジュース。


「美味い…」


 アルバートはそう呟くと、目の前の料理に満足しながらも、食事中に手を少し止め、新聞を広げて足を組んだ。そして片手でフォークを使い、食べながら新聞を読み進める。


 だが、その至福の時を邪魔する者が現れた。


 「よぉ、アルバ。

 今日ものんきだなぁ、お前は」


 アルバートは新聞を読み進めながら声のする方をちらりと見る。

 そこには、筋骨隆々で腕や顔に傷跡を多く残す、いかつい顔の中年男が、腕を組んでアルバートを見下ろしていた。


 「はぁ…何か用かな、タジール君?」


 相手を確認したアルバートは、ため息をつきながら返事をすると、何でもないかのように再び新聞を読み始め、残ったオレンジジュースを一口飲んだ。


 これはよくあることだった。

 タジールはこのハンターギルドの上級ハンターであり、対してアルバートは下級のハンター。おそらくではあるのだがタジールは、昔パーティー加入の誘いを断ったことを根に持ち、いびりに来ているのだろう。


 「ちっ···そんなガキの飲み物をよく飲んでいられるな…。

 ハンターとして恥ずかしくないのか?

  それに、今日は何を受けるつもりだ?」


 タジールは机の上にあるグレムリン討伐の依頼書を見てニヤリと笑う。


 「おいおい、冗談だろ? またグレムリンか? お前は成長しねぇなぁ」


 アルバートは、タジールのニヤニヤと笑う顔を無視して新聞を読み進めていたが、不意に視界の片隅で見覚えのある顔を捉え、眉をひそめた。

 場所は1階のギルドの出入り口。

 ここは2階だが、ギルドの内装は吹き抜けになっているため、下の様子が見えるのだ。


 「確か…あれは昨日の…」



 セシリアはギルドに入ると、早速依頼の手続きを行っていた。依頼内容は、貴族アイゼンベルク邸の手伝い依頼。

 皿洗いや洗濯など仮メイドの仕事だ。正確には、それらを行う機械の操作に整備。

 食器や洗濯物を運んだり片付けたりする掃除の仕事が主だ。


 「ねぇ、ちょっとあれ見て見なよ」

 「あー…変わり者のセシリーね」

 「まだギルドをやめてなかったの? その粗末な体で稼いだほうが、お金には困らないと思うけど?」


 笑いと嘲りの声…その声の主は魔物を討伐している街で、ある程度名の通ったパーティーメンバーばかりだ。わざとこちらに聞こえるように小言をつぶやいている。

 

 嫌な人たち…。


 標的にされているのには理由がある。

 

 それは…。


 「やめないか…君たち、セシリアさんが困っているじゃないか」


 この男のせいだ。このギルドで一番、女性陣から人気がある男。

 

 この男が話しかけ彼女らを注意した事で女性陣の視線が一層、憎しみのこもった鋭い視線に変わるのを感じる。

 彼が彼女たちを仕向けたわけではないが、正直いい迷惑だ。


 「私は大丈夫ですから…」


 セシリアは彼女たちの視線から逃げるように依頼書を手にその場を後にした。


 彼の名はライト。評判も良く、雰囲気も美青年といった印象で、非の打ち所がない。

 

 だが…それは表向きの話だ。彼は支配欲が強く、とても表向きとはかけ離れた姿をしている。

 

 それは彼の内側を覗けばわかることだ。



 「クソ!なぜ彼女は僕のものにならない!?

 名声も金も手にしているというのに!」


 その夜、ライトと呼ばれる人物は人気のない路地裏で一人、空き瓶を蹴りながら愚痴をこぼしていた。


 「なんだ?またあの女に振られたのか?

 はっ、あの薄汚い小娘のどこがいいんだか…」

 「なんだ?

 タジールか…全く、脅かすな…。

 プライドの問題だ、ほっとけ」


 タジール·ノルファンとライト·クレセント。彼らは有名な魔物ハンターで「スクラッパーズ」という名のパーティーを組んでいる上級ハンターたちだ。二人でタッグを組み、主に魔物討伐の仕事をしている。


 「ちょうど俺もムカつく奴が一人いてな…。

 だからよぉ、お前に手を貸してやるからお前も手を貸せ」

 「は?何する気だ?」

 「分からせてやんだ…上下関係ってやつをよ」

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