第4話 忘れることの無い悪夢

 蒸気を上げる蒸気機関の音。

 そして爆発音に怒号、魔物の咆哮が響き渡る。


 戦場の前線。

 アルバートは塹壕の中で、タバコを口にくわえ、土の壁にもたれかかりながら煙をふかしていた。


 「くそ…くそ…あいつら、絶対に許さねえ!殺してやる!!」

 「腕が!…腕がぁ!!」


 もちろん、塹壕にいるのはアルバート一人ではない。しかし、彼とは違い、他の者たちは戦場の恐怖、いや狂気に飲み込まれていた。


 タバコが体に悪いことは知っている。

 

 だが、そんなことを気にする者も、咎める者もいない。たとえ年端もいかない少年が目の前で酒やタバコ、果ては麻薬に手を出していたとしても、結果は同じだろう。

 

 明日、生きているかも分からない者たちにとって、未来の健康などどうでもいいことだった。


 アルバートは横にいる銃を持ち、震えている少年をちらりと見ると、空を見上げて瞳を閉じた。


 こんな少年までもが、この戦争で運命をねじ曲げられている…。

 

 このくだらない…誰が始めたのかも分からない戦争を、終わらせることができないものか…。


 ただの兵士…ただのソルジャー。

 自分にはどうすることもできない話だが、どうしても考えてしまう。


 「上の者たちは安全な場所でこの戦場の行方を傍観し、俺たちのような一般人は血を流すしかない…か…」


 空を見上げると、数え切れないほどの飛竜と飛行船が入り交じり戦闘を繰り広げ、飛行船は火を、飛竜は血を流しながら、まるで羽虫のように次々と地上へ落ちていく。


 地上でも同様に、巨大な大砲が蒸気を噴き、相手側の魔法が大地を燃やす。


 命が消えゆく音が戦場に広がり、そして何事もなかったかのように消え、また新たな命の悲鳴が広がる。


 永遠に続く負の連鎖。それを止める術を、この巨大な戦場の中、数え切れないほどの命が犠牲になる中でも、誰一人としてその答えを持ち合わせていない。


 「この戦争を始めた馬鹿をぶん殴ってやりたい気分だな…」


 アルバートは疲れきった瞳を抑え一人そう呟き、タバコを捨てて重い腰を上げた。


 「おい、アルバート!隊長が呼んでる!急げ!!」

 「まったく、休む暇も無しか…」


 アルバートは地面に置いていた銃を足で蹴り上げ、空中で拾うと、自分を呼ぶ仲間を追い越し走り出した。


 その数秒後、巨大な業火がアルバートのいた塹壕に着弾し、先ほどまでいた少年と彼を呼びに来た仲間の命を、一瞬で焼き尽くした。


「···嘘だろ、おい!?ふざけんなーーー!!」


 吹き飛ばされて起き上がると、熱を感じた後方を振り返り、何が起きたのかを理解した。

 

 アルバートは、自分が助かったことに対する安堵と、その直後に襲ってきた自身への怒りを抱き、目の前に飛来したドラゴンに憎しみを向けた。


このどうしようもない地獄を恨みながら。


アルバートは叫び声を上げ、ライフル型の蒸気銃を震えるほど力いっぱいに握りしめ、ドラゴンに銃口を向けた。


 


 夕日が沈み、暗くなり始める時間帯。

アルバートは自宅のベッドの上で目を覚ました。


 「はぁ…はぁ…またか…」


 目を覚ますと、いつの間にか上半身を起こしており、緊張から解放されたことで安堵感が押し寄せてきた。手を見ると、汗で濡れ、震えていることが分かる。喉もカラカラだ。


 「クソ…」


 戦争の夢、記憶。

 それらは時折現れては、アルバートをまるで魔法を使う者達が使う魔法で言う所の呪いのように蝕み続けている。

 

 いつ死ぬかも分からない緊張や不安、人を殺める感覚に痛み。

 

 戦争が終わったというのに、未だにそれは呪いのように残り、どこまで逃げようとも、どれほど時が流れようとも、まとわりついてくる。


 アルバートは起き上がると、未だに震える手でベッド横のテーブルにあった酒のグラスを持ち上げ、一口にグイと飲み干す。

 

 そして、同じくテーブルの上にあったグレムリン討伐の依頼書と無造作に置かれた黒いマントを取って羽織り、狼の紋章が描かれた銀の蒸気拳銃を手に、その部屋の扉へと向かった。


 「さて…仕事だ…」

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スチームマギア: 蒸気の意志と魔法の螺旋 猫松 カツオ @PEN_NPC

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