第2話 セシリア・ミラベル
慌てた様子で扉を開け、すぐに閉めた。
彼女の名はセシリア・ミラベル。
セシリアは頭から足元まで雨でびしょ濡れになっており、床にはポツポツと水滴が落ち、染みを作っていた。
あの路地裏での出来事の後、急に降り出した冷たい雨のせいだ。
寒さに震えながら部屋に入ると、彼女はバルブを捻り明かりを灯した。
その後、隣のバルブに手を伸ばし、暖房をつける。
この暖房設備は火を直接には使わず、部屋内に張り巡らされたパイプに熱い蒸気を通すことで、部屋はすぐに温かくなった。
「本当に大変なことになった…」
セシリアは魔法が使える。
人族はふつう、魔法を使えないが、ごく稀に例外が現れる。
それが彼女だ。これまで彼女は魔法を隠しながら使い、密かに研究を続けてきたが、帰り道でつい油断して魔法を使用しているところを、この蒸気の都市を管理・統制している政府の役員の一人に見られてしまったのだ。
「子供を助けるためだったとはいえ、もっと気をつけないと…私も…」
父さんや母さんのように…
その言葉を飲み込み、セシリアは奥の部屋にある本棚の横に隠された紐を引いた。
すると、複数の歯車が動く音がして、「ガコン」という音とともに本棚が扉のように開いた。
中には魔法に関する書物や、魔法を研究するための道具が無造作に置かれていた。フラスコや秤、すり鉢などが机の上に散らばっている。
これらの道具は錬金術士が使うものだが、今は魔法薬の研究に使っている。
セシリアは回復魔法が特に得意で、街にいる鳥のマスクをつけた医者たちよりも腕がいい。
あの不気味な仮面をつけるのは、医者と魔女狩りの連中くらいだろう。医者の仮面には、くちばしの部分にハーブなどを入れて感染を防ぐ目的があるらしいが、それで疫病を防げるかは謎だ。
おそらく、自分が作った薬の方がよっぽど効果があると自信がある。実際に、自分の薬、つまり魔法調合薬を使って治療し、命を救ったことが何度かある。
セシリアはその日、魔法を使ったことが政府に気づかれていないことを祈りながら、不安の中眠りについた。
…
翌朝、セシリアは昨日の事もあり出来れば家にいたいと思っていたが、貯金がなく、その日暮らしのような生活をしていたため、仕方なく仕事に出かけていた。
セシリアの仕事はハンターだが、魔物を狩る仕事が主ではなく、どちらかといえば何でも屋に近い雑用が多い。下層の人々が日銭を稼ぐために多く働いている。
もちろん、魔物を狩れば報酬は高くなるが、セシリアの場合それには魔法を使わなければならない。
だから、報酬が低くても身の安全が第一で、よほどのことがない限り、彼女は魔法を使わない様にしている。
それでも、セシリアはギルドと呼ばれる組織の一員だ。しかし、ギルドに友人はいない。
雑用ばかりの依頼をこなしているため、パーティーを組む機会も必要もなく、そのため仲間もいないのだ。
とはいえ、仲間がいないことを羨ましく思わないと言えば嘘になる。
魔物討伐の話は、おとぎ話として子供から大人まで人気だ。活躍するハンターパーティーは都市の英雄達として持ち上げられることもあり、男女を問わず皆が憧れている。それはセシリアにとっても同じだった。
「こないだのスチームフォージの連中はすごかったな」
「ああ…いい連携だった」
「お前ら実際に見たのかよ!?」
「ああ···彼らはまさに、この都市、いや国の誇りだね」
「彼らがこの都市に入れば魔物···いや魔法を使う奴等だって怖くないね」
揺れる蒸気機関車の中そんな話題が広がりセシリアもまた目の前に座る中年男性が持つ新聞の写真付きの大きな見出しを見て妄想する。
スチームフォージは特にハンターの中でも珍しく4人全員が女性の構成員で編成されており、更にはハンターパーティーの中でもこの都市で1位や2位とも呼び声が高い。
もし自分が社会の目だとかを気にせず魔法を思いっきりに使えれば私もきっと···
上下に揺られながら目の前に映る写真の中に自分を入れ仲間や名誉、そんな想像を膨らませ時間を潰す。
そうすればそのうちセシリアの職場のギルドが見えてくるはずだ。
ギルドは街の外れ、都市と外界を遮断する壁の隣に建っている。
セシリアはギルドに向かうため、蒸気機関車に乗り、近くの駅で降りた後、徒歩で向かう。蒸気機関車の代金は国が保証してくれているため、払う必要はない。
セシリアは魔女狩りに警戒しながらも、いつも通りの道を通ってギルドへと向かっていった。
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