スチームマギア: 蒸気の意志と魔法の螺旋

猫松 カツオ

第1話 蒸気が支配する世界

  暗く重い空の下、街全域から聞こえる歯車やボイラーから漏れ出る蒸気の音が響く。

 街のあちこちには煙突がそびえ立ち、煙が立ち込めている。

 

 雨雲と煙が空を覆い、夜闇に浮かぶ星空は見えないが、代わりに街にはガス灯の明かりが灯り、遠目から見るとそれは美しくも見える。


 ここは人々が暮らす土地。

 魔力を持たぬ人類が生き抜くために編み出した知恵と熱意の結晶だ。



石畳の道を、雨の中、傘もささず一人の女性が走っている。

 

 その後ろには黒いローブをまとい、烏のようなマスクをつけた者たちが追いかけていく。


「魔女を早く捕まえろ!」


女性はそう叫ぶ黒ずくめの者たちを後ろに、混雑した人混みに紛れ、姿を消した。


「魔女?」

「嘘でしょ!?早くここから逃げないと!」

「魔女だーー!魔女が出たぞーー!」

 

 それは本当にあっという間の出来事で混乱は一瞬で広がり。

 女性が紛れた広場に混乱が巻き起こった。


 魔女狩り…それは魔力を持たない人々の魔法を扱う者達へ向けられる恐れの現れであり、異種族、つまり魔力を持つ者を排除するために作られた制度だ。


「どうしよう…」


黒ずくめの者たちに追われる彼女は人々の混乱の中押されもみくちゃにされながらも。

 しかし今はと、ただ逃げることだけを考え、不安を振り払おうと頭を振る。


息を切らしながら、彼女は人々の混乱を利用して、巻き込まれないように壁沿いに進む。


 人混みを抜けると、薄暗く汚れた、ガス灯の光も届かない裏路地への入り口にたどり着いた。


暗闇に包まれた道の前で彼女は一瞬ためらうが、唾を飲み込み、意を決してその暗闇の中へと足を踏み入れる。


細い路地を壁に手をつけながら、小走りに進み、左へ右へと無我夢中で追手を振り払うために進んでいく。


「嘘…」


だが、彼女が進んだ先は少し開けてはいるが壁に囲まれた袋小路、行き止まりだった。

 

 仕方なく、彼女は来た道を戻ろうと振り向く。

 

 しかし、いつの間にか後ろに現れたのは、複数の人影だった。

 彼らは彼女を取り囲むように音もなくぼうっとそれはまるで影の様に立っていた。

 

 気付けなかった···。

 

 追い詰められた彼女は苦虫を噛み潰した様な表情でそう恐怖していると。

 

 すっと一人の男が前に出て拳銃の様な物を女性に向けた。


「何も持っていないからといって安心するなよ。いつも通りにだ…」

「気をつけろ…魔女ならば、いとも容易く人を殺せる力を持つぞ…」


「違う!!私は魔女じゃない、それに私は人を殺したりなんかしません!!」


「黙れ女!貴様が魔女かどうかは裁判で決める!!」


 その言葉に彼女の背筋が凍る。

 それは「裁判」と言いながらも、実際には拷問に近い尋問を行い、無理やり魔女であると自白させるものだ。


 それは本当にとても悲惨なものだと聞いている。


 拳銃を持つ者以外の魔女狩りは手に歯車やパイプの装飾が施された杖のようなものを持ち、今にも襲いかかりそうだ。


「来ないで…」


 彼女は後退るが、後ろに下げた足が壁にぶつかり止まった。


 もう駄目だ…逃げ場はない…そう諦めて顔を下げた時、突然、空気が溢れ出る音が複数回聞こえた。

 そしてその音が鳴り終わるや否や同時に、黒ずくめの者たちはズシャリと崩れ落ちていく。


顔を上げると、追ってきた者たちは倒れており、彼女は何が起きたのか理解できず呆然と立ち尽くした。


「早く行け…。別に殺したわけじゃない。

 そのうち起きるぞ」


 ビクリとして声がした方を見ると、屋根の上にゴーグルとガスマスクをつけ、顔を隠し紳士服を着た男が自分を見下ろしていた。


 彼の手には暗闇の中でもキラリと遠くの灯りを反射して光る銀色の蒸気銃が見える。


 一体、自分を助けてくれたのはどんな人なのかと目を凝らす。

 

 「あっ···あのあなたは···」

 

 彼女は声をその見知らぬ男にかける。

 だがふと倒れる黒ずくめの者たちのうめき声が聞こえ彼女は肩をビクリと震わせ質問の答えが返ってくる前に慌ててその場から走り出し、もと来た路地へと逃げ込んだ。


 「魔女に魔法か…面倒事にならないと良いが」


 男はそう呟き、彼女が路地の暗闇へと消えたのを確認すると、背を向けて屋根伝いに姿を消した。

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