第5話 ハカレはボランティアが終了し…

 夜になり、ハカレは再び古城を訪れた。手ぶらだと何かもの寂しく感じたため、総合事務所前のカゴに入ってある飴を数個ポケットに入れてから行った。

 「よっ!」とハカレが入室と同時に発すると、姫が嬉しそうに振り返った。

 「何してたの?」とハカレは続けて訊く。

 「何もしてないよ」と応えた彼女の手には、色ペンと小さなノートがあった。

 「何書いてるの?」

 彼女は色ペンとノートを手と胴体で挟み込み、それらを隠す。彼女は照れ笑いをしながら、こう言った。

 「日記みたいな?いずれ役に立つかなって」

 「そうなんだ。人間に戻れる方法を探しているてきな?」

 「それもあるけど。ハカレ君と出会えたから、その記録を残したくて」

 「ありがとう」ハカレも照れ笑いして、頭の後ろを掻いた。

 「えー?えー?別にそういう意味じゃないよ〜」

 「あ、ああ。だよね。神様と結婚するんだもんね」

「そうだよ!」

 

 ハカレは姫の隣に座り、2人で他愛の無い会話を繰り広げた。

 気がつくと、太陽が顔を出し、生物達に自身の栄養を注ぎ始めている。

 二人は部屋を出て東側の窓に並ぶと、日の出を堪能した。

 「こんな楽しい夜は久しぶりだよ」狐顔がハカレに満面の笑顔を見せる。

 「俺も久しぶりだよ。ありがとう」とハカレも満面の笑みで返した。

 「明日も来て。また、一緒に日の出を楽しみましょ!」

 それに対して、ハカレは言葉が詰まった。

 数秒置いて、ハカレは勇気を振り絞りこう言った。

 「ごめん。俺、今日帰らないと行けないんだ。ボランティアでここに来てたから」

 「えー。やだやだ。ハカレ君ともっと一緒にいたい。帰らないで、ここにいて!もっとお喋りしよ」

 「ごめん。それは出来ないんだ。俺の親が心配するし」

 「なんで、なんで。折角仲良くなれたのに、、、」

 姫は泣き始めた。両手で顔を覆い、膝を床につける。

 ハカレは彼女の耳と耳の間を撫でて、その後優しく抱きしめた。

 「俺も美優ちゃんともっと一緒にいたい。だけどどうしても出来ないんだ」

 「連れて行ってよ。私、ハカレ君のお家に住む」

 「どうやって?」

 「やだやだ!」

 姫の流水は勢いを増す。それと同時に、彼女もハカレの背中に手を回した。 

 「地明赤士さんが迎えに来てくれるんでしょ?だったら、ここで待ってなきゃ!」 

 姫は「うん」と応える。

 「大丈夫だから」

 彼女は再び「うん」と応えた。


 「じゃあ、帰るね」

 ハカレは古城の前で姫に手を振る。彼女もハカレに同じことをした。

 ハカレは、赤テントに向かって歩き出す。途中で何度も何度も振り返って彼女のことを確認したが、毎回ついさっきまで泣き崩れていたとは思えないくらい彼女は強く見えた。

 ハカレは赤テントに戻った。

 まだ早朝5時で、誰も起きている気配がない。

 テントに戻った途端、眠気がハカレを襲った。

 少しだけ寝るかー。

 ハカレは広場の塀の上に横になると、一瞬で眠りについた。

 

 ハカレにモーニングコールをかけたのは、相沢だった。

 「朝ごはんの時間ですよー。昨晩も子犬さん達と遊んでいたんですか?」

 ハカレは細い目を擦り、上体を起こした。

 「あれ?今何時?」

 「バスの出発の時間ですよー」

 ハカレは、腕時計を確認した。単針は9を指している。

 「やべっ!」

ハカレは宿舎に向かって走り出し、荷物をまとめた。宿舎を出ると、リーダーのおばちゃんがバスの横で何か怒鳴っている。ハカレは謝罪しながら、バスに乗り込んだ。

 走るバスの車窓から、ハカレは古城を見続けた。すると、獣の耳が一瞬窓の淵から生えてきたように見えた。彼女がこっそりバスを見ようと、目だけを出す工夫を頑張っていると考えたら、ハカレはなんだか嬉しくなり口元が緩んだ。


 美優はバスが点になるまで、じっと見つめていた。

 そうしていると、下の方で人の話し声が聞こえてきた。美優は慌てて、顔を下げて耳をひそめた。どうやら、元地明赤士館周辺の瓦礫運搬の作業をしているらしい。美優は音を立てないように、体をじっとさせた。


 美優が地明赤士と出会ったのは、彼女が高校にあがったばかりの頃だった。

 山井市のすぐ下に位置する町で育った彼女は、山井市にある高校に通い出していた。彼女は、高校には自転車で通っていたため、よく地明赤士館に訪れていた。地明赤士館は、地明赤士大仏の土台となっているところに作られたものだ。彼女のお目当ては、地明赤士大仏だった。

 彼女は地明赤士大仏を見て、こんな彼氏がいたらいいな、と中学の頃から思っていた。周りにそう言いふらしていた彼女であったが、変わり者扱いされるようになってから、それを人に言うことはなくなった。山井市の高校を選んだ理由も地明赤士であったが、他のもっともらしい理由を作って誤魔化していた。

 とある雨の日、美優は雨宿りと都合をつけて大仏を訪れていた。雨で館前は人がまばらだった。

 美優は傘を差しながら、自転車を押して歩いていた。すると、館前に1人の男がフードを被った状態で、下を向きながら地べたに座り込んでいた。彼がずぶ濡れになっていたので、美優は「傘いりますか?」と声をかけた。

 男は顔を上げる。すると、憧れの地明赤士とまんま同じ顔が、美優の目に入った。

 男はしゃべる。

 「おーー、ありがとう。最近俺の彼女がさ、すげぇ機嫌悪りぃの。ほら今日も雨だしさ」 

 男は空に指をさす。そのまま立ち上がって、もう片方の手で美優の傘を受け取った。

 「傘渡して貰えなかったんですか?」美優は笑いながら、そう尋ねた。

「そうなんだよ。あと雨も降らすしさ〜」

 

 

 

 

 


 

 



 

 

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