第4話 山井市崩壊の真相はいかに…
ハカレは、布団にもぐながら彼女の言葉を頭の中でリピートしていた。
(元は人間なのよ)
どうしてあんな姿になったのだろう。
彼女は、まさに狐が擬人化された姿そのものだった。
山井市は呪われた町なのではないだろうか。突然訪れた地震、強風、そして朽ちていく植物たち。人間が狐にされてもなんら不思議ではないのかもしれない。
今回の自然災害が科学的に証明されなければ、姫の狐化に合点がいく。
ハカレは、寝返りをうった。考えれば考えるほど、目が冴えてくる。
少し外の空気でも吸うか。
ハカレは静かな広間をそろりと横切り、外靴に履き替えると広場に出た。
ライトはないが、月明かりでうっすらと近くの物の位置がわかる。それらを手探りに古城が見えるところまで行った。
古城の内壁を光が照らしている。
ハカレは興奮して、小さくあっと声を出してしまった。自身のポケットを手でパンパンと叩く。念のために入れておいた小型懐中電灯が違和感を与えた。
スイッチを押して、いつもの階段を探すと、古城へ向かった。
古城に着くと途端に恐怖を感じる。
元人間って言ってたけど、実はただの化け物だったら。いやでもそんな風には見えなかった。安心しろ俺、安心しろ俺。
ハカレは息を落ち着かせて、階段を登り、姫の部屋を訪れた。
「あ!来てくれたんだ」
彼女は、また全身を布で覆いながら、肩肘をついて横に寝転んでいる。彼女の体の向こう側に横向きにされている本が、ハカレの目に写った。
「何読んでるの?」
「私の好きな本だよ。王子様がね、女の子を連れ去ってお嫁にしちゃうの」
姫はそう言うと本を置いて、ハカレに向き直った。
「それって誘拐じゃない?」
「違うよ。王子様はね、女の子を助けたんだよ」
「そ、そうなんだ。それより、火なんか灯して大丈夫?テントの方から丸見えだったけど」
ハカレは、火の灯った蝋燭を指差した。
「う〜ん。君が来てくれたからいいや。ハカレ君だよね?」
ハカレは一瞬ドキッとしたが、いつも名札を付けてここを訪れているのを思い出した。
「うん、君は何て名前なの?」
「美優だよ。苗字は将来の王子様のものだからまだ言えないかな?」
姫は、照れ笑いをした。
「なんだよ、夢見がちだな〜。相手なんかいるのか?」
「失礼だな!私は結婚を控えているの!!」
「え?王子様と?」ハカレはバカにするような笑い方を付け加える。
「ほんっと失礼だな。私は王子様どころか神様と婚約するのよ。知ってる?地明赤士。彼は私と恋に落ちているのよ」
「はぁ?それって架空の生き物だろ?何だよ結婚って」
姫は帽子を取って、顔まわりの布を剥がした。
口角が引きつった狐の顔が姿を現す。ハカレは、それに少し恐怖を感じた。
「本当に、失礼ね。私と彼はちゃんと恋愛しています」
「でも確かその地明赤士って空の女神と恋愛しているんじゃなかったっけ?」
「そうなの!そいつが私達の恋を邪魔したのよ!!」
姫の顔に迫力がついた。ハカレは怖気付いて数歩下がった。
「う、うん。でも、元々女神とその地明さんはくっついていたわけだからさ」
「だからね!付き合っていなかったんだって!!」
ハカレは呆れた顔で姫を見た。
「言い伝えで2人は恋に落ちてるってかいてあるだろ?」
「でも、本当に私は地明赤士さんと付き合っていたのよ」
「そう思っていればいいんじゃない?好きにやってろ」
ハカレは、そう言い残して来た道を引き返していった。
6日目の昼休憩、ご飯を食べ終わったハカレは、石に座ってのんびりとしていた。
「今日はあそこ行かないんですか?」
「いつも行ってるじゃないですかー」
ハカレに話しかけてきたのは、相沢と安藤のコンビだ。
「もういいんだよ。何もなかったんだ、実は」
「えー、昨日はウキウキで走って行ってたじゃないですかー」
「そうそう、やっぱり何かいるんでしょ?犬とか?猫とか?」
「うるせぇな!こんなところでそんなもんが生きていけるか!」
その時、ハカレの頭にビビッと電気が通った。
山井市の崩壊は、住民に怒った神様の仕業という噂。
姫は呪われた女の子。
姫は女神と恋敵だった。
もしかして姫に男を略奪された女神が怒って、山井市を潰した?そして、姫は狐にされた?
女狐って確か、男を騙す女のことだよな。つまり、女神は姫を地明赤士を奪った女とみなしたとか。
「行ってくる!」
ハカレは相沢と安藤にそう伝え、急いで支給カウンターに並んだ。相沢と安藤は不思議そうな表情で同時に「いっ、行ってらっしゃい」と応じた。
「美優!お昼ご飯持ってきたぞ!」
ハカレは、プラスティックの蓋にルーが沢山ついたカレーライスを差し出した。
「え?来てくれると思わなかった。ありがとね」
姫は、嬉しそうに顔の前で手をパチパチと小さく叩き合わせた。
「いいんだ。お前の言ってること本当だったんだな。お前に怒った空の女神が山井市を潰して、お前をこんな姿に変えた。そうだろ?」
「そうだよ!すごいすごい。なんで分かったの?絶対理解してくれないと思ってた」
姫はいつもの通りに狐顔を出して、カレーライスに手をつけ始めた。
「信じてやれなくて、本当にごめん」
ハカレは、何度も何度も謝った。姫はその度に「いいよいいよ」と手を振って返した。
姫が食べ終わる頃には、ハカレは赤テントに戻らないといけない時間になっていた。
「ごめん。夜また来るから」そう言いつつ、ハカレの足先は部屋の出口に向いている。
姫は笑ってそれを見送った。
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