第11話 一人部屋に残されて不安な僕の瞳に、血のように赤い月が映りました。

 僕の体から下りたシュルス先輩は、ベッドの脇に立つと不敵な笑みを浮かべる。

 先ほどまでの暴力的な色気は鳴りを潜め、好奇心の獣が顔を出していました。


 あまりの切り替えの早さに、僕は半身を起こして呆然と彼女を見つめます。

 僕の視線に気が付いたシュルス先輩が、体を折って顔を寄せてきました。耳を舐められたのを思い出し、咄嗟に体を仰け反らせます。


 けれど、彼女は逃げしてくれません。

 素早い動作で両手を伸ばすと、僕の肩をガッチリと掴んできたのです。女性とは思えない力で押さえつけられ、僕は再び耳を舐められる覚悟をしましたが、

「――――」

 と、僕の耳元である言葉をささやいて、体を離しました。


「今のって……」

「覚えておきたまえ。悪魔を退ける聖なる言葉だ」


 そう言い残すと、颯爽と部屋を後にしました。

 一人、部屋に残された僕は、シュルス先輩の唾液で濡れた耳に触れます。ぺとりと、濡れた感触。まだ舌の感触が残っているようで、体が熱くなります。


「悪魔を退けるって、いったい……?」


 そもそも、シュルス先輩がどうして部屋を出て行ったのか、僕には見当がつきません。

 突然、発情したように襲い掛かってきた理由もです。


 そういえば……。

 ふと思い出すのは、Vtuber病依やまいココロの生放送です。

 モニターに目を向ければ、画面は真っ黒。配信が終わっていることに今更気が付いて、僕はぐちゃぐちゃに混ぜられた感情を吐き出すように、大きく深呼吸をしました。

 ぼふっと、ベッドに倒れ込みます。


「これで一先ずは安心……?」


 そう安堵したのも束の間、部屋の外からギシィと廊下を歩く音が聞こえてきます。

 始めはシュルス先輩だと思っていました。けれど、彼女にしてはあまりにもゆっくりとした、ひそやかな歩き方です。

 言い知れない不安が胃からせり上がってきます。


「シュルス先輩ですよね? どうしたんですか?」


 声を掛けますが、相手の返事はありません。

 震える手で襟元をぎゅっと握る。心臓の音がやけにうるさく鼓膜を叩いてきます。


「あ、あんまりからわないでくださいよ?」


 ベッドの端へ端へと、僕は後退ります。

 シュルス先輩へと問いかけながらも、頭の中では違う少女を想像しておりました。

 長い黒髪を二つに結んだ、ゴシックドレスを身に纏った女の子。その瞳の色は――


「――見つけましたわぁ」


 血のように濃いダークレッド。

 ギィッと金具が軋む音を立て、僅かに開いた隙間から赤い月が仄暗く灯り、にたぁと薄く潰れました。

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