第9話 ヤンデレ系Vtuberがブチギレましたら、先輩にエッチなことを求められました。

 時刻は丁度20時を過ぎた頃。

 ようやく到着したシュルス先輩をモニター前に座らせ、僕は後ろに回り込みます。

 盾ではありません。身代わりです。


「なにをやっていたんですか……! もう始まってますよ」

「すまない。少し調べ物をしていてね。まぁ、間に合ったのだから構わないだろう?」

「ギリギリですよ」

「スリリングだね」


 僕の平穏な生活がかかっているというのに呑気なものです。他人事だからでしょうか。


(いいえ。この人は我が事であっても笑いますね)


 いとまを嫌い、謎や事件に嬉々として飛び込む。命を惜しまない冒険者気質の持ち主です。危険が向こうからやってきたとあれば、喜んで迎え入れるでしょう。やはり変な人です。


「まぁ、落ち着きなさい、ブラックパンツァー君」

「次、その名前で呼んだら返事しませんから」

「では、シュヴァルツ・ウンターヴェッシェ黒の下着君で」

「……」


 ちょっと格好良いなと思ってしまったのが悔しいです。


 シュルス先輩がバカなことを言っている間に、放送は待機画面から切り替わりました。黒のゴシックドレスで着飾った、黒髪の可愛らしい少女の立ち絵が右に左に動いております。


「シュルス先輩モニターを――」

『……その女性はどなたでしょうか、誘花さん?』


 ぞわっ、と悪寒が走りました。

 首筋に刃物を突き付けられたような、背筋の凍る感覚。一気に血の気が引きます。


 画面を観れば、配信直後は可愛らしい表情をしていた病依やまいさんでしたが、今は目に光がありません。顔に影が掛かり、頬に意味ありげな赤い血のような液体が付着しています。

 手にはギラリと反射する包丁を持っており、そんなはずはないのに一瞬僕の顔が映ったような気がして思わず「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまいました。


「ど、ど、ど、どなたって、学校の先輩で……!」

『先輩……? その程度の関係でわたくしの愛する誘花さんの寝所に潜り込んだのですか? その売女婦ばいしゅんふは』

「はは。随分キレのある子だね」


 崖の底から聞こえてくるような、ドスの効いた声にもシュルス先輩は一切動じません。むしろ、この状況を楽しんでいます。なんて鋼のメンタル。

 性格に難はありますが、こういった日常の外では誰よりも頼りになります。


 こそこそと、シュルス先輩の影に隠れてモニターの様子を伺います。

 男としての尊厳? 病依さんの声を聞いてお亡くなりになりました。


『……ふ、ふ』


 笑っているのか、息が漏れているのか。

 なにかを吐き出すような声が漏れ聞こえます。


 同時に、ゴスロリ少女の動きが止まります。フリーズしたのでしょうか。病依さんが微動だにしません。


(このまま諦めてくれないでしょうか)


 なんて、淡い期待だったのです。泡沫ほうまつのようにパチンと割れて消えてしまいました。



『――ふざけるな淫売がぁあああぁぁあああああああああああああッ!!!!』



 割れるような狂声きょうせい

 音はガガガッとノイズを孕み、耳鳴りがします。耳が麻痺したのでしょうか。

 家全体がわずかに揺れて見えるの気のせいなのか、僕自身がふらついているからか。


 もはやポルターガイストです。感じる恐怖も含めて、心霊現象となんら変わりません。



許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります殺してやります



 息つく間もなくスピーカーから流れる怨念のような少女の声。言葉だけ人を殺せそうなほど、暗い恨みと殺意が舐めるように体を這い回ります。


(もう……いやぁ)


 五感を襲う恐怖体験に、頭がふらふらします。視界がぐわんぐわんと揺れて、立っていられません。

 ボフンと、仰向けになってベッドに倒れてしまいます。このまま意識を失ってしまいそうになりましたが、

「――押し倒す手間が省けたね」  

 というシュルス先輩の声が近くから聞こえて、目が覚めました。


 見上げた先には天井ではなく、シュルス先輩の微笑んだ顔。

 優艶ゆうえんな表情はどこか色っぽく、甘い芳香が鼻を優しく撫でるようにくすぐります。


「しゅ、シュルス先輩……?」

「ふふ。では――エッチなことをしようか?」


 ペロリと。

 赤い舌が薄い唇を淫靡いんびに濡らしました。

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