第5話 探偵事務所に居たのは探偵さんではなく凶器を持った犯人でした。

 ――探女さぐめ探偵事務所。

 旧校舎3階、廊下の突き当たりにある一室。窓付きのレトロな扉の横には、達筆な字で事務所名が書かれています。


 事務所とうたってはおりますが、実際には部活動の一つです。探女さぐめ探偵事務所に唯一所属する自称探偵さんによれば、

『探偵の私が席を置くのなら、そこは探偵事務所だよ』

 とのことです。僕にはよくわかりません。


 僕が探偵事務所を訪れたのは、昨夜のことについて相談するためです。

 Vtuberに監視されている、なんて。警察に相談したところで動いていただけるかわかりません。被害妄想、自意識過剰として扱われたら僕のガラスでできた心は粉々です。


 その点、暇を持て余し、謎や事件に目がない探偵さんなら助けになってくれる……かもしれません。多分。恐らく。そうだと嬉しいんですけど。

 不安を抱きながらも、昨夜の恐怖に背中を押されて、くように事務所に入室しました。


 僕を出迎えたのは、壁の本棚に所狭しと並べられた知識の泉。

 十九世紀後半のイギリスを想起させるような、古めかしくもおもむきのある室内は、いつもながら日本の校舎とは思えません。


 古めかしい本から漂う知識の香りが、無意識に襟を正させます。


 鬱蒼うっそうとした雑木林を映す、洋風の格子窓から差し込む朝日に照らされているのは、古びたアンティークの椅子に腰かける探女さぐめ探偵事務所の主、

「シュルスせんぱ……い?」

 かけた声が徐々に小さくなって、最後には静謐せいひつな事務所に溶け込んでしまいました。


 だって、おかしいんです。

 探女さぐめ探偵事務所に所属する部員はシュルス先輩唯一人。そして、彼女の特徴と言えば絹糸のように艶やかな銀髪です。

 けれども、書斎机の向こう側にいる女性の髪色は、影に溶けてしまいそうなほど暗いでした。


 言いようもない不安に駆られて後退ると、不意にシュルス先輩ではない女性が不気味な笑みを零しました。


「うふふふ」


 聞き覚えのある声。背中を指でなぞられたような怖気が走ります。

 それは忘れもしない、夕方の屋上で聞いた――


難嬢なんじょう先輩? 一緒に死にましょう……?」

「うわぁああああああああああっ!?」


 黒く濁った瞳を僕に向ける彼女は、陽光に照らされて鈍く輝く短剣を祈るように握りしめていました。

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