第31話・それじゃあ、人攫いと変わりないと思うのですが
「これはおまえの仕業だな? グライフ? 我が攫われたなどと嘘を。今回も例の抜き打ち訓練か?」
おまえもようやるよ。と、魔王は呆れていた。志織は思いもしなかった展開に驚くしかなかった。
「えっ。あなたが攫われたって嘘だったの? 抜き打ち訓練って?」
「こやつは魔族たちの危機管理対策の必要性を訴えていて、いつ何時、勇者に襲来を受けても迅速に対応できるようにと、突然不意打ちで指示を出し訓練を始めるのだ」
「はああ? 訓練? あれが? 踏んだり蹴ったりだわ。鳥魔族には攫われそうになるわ、獣人には襲われそうになるし……」
あれが訓練だとはとても思えない。命の危機を感じたし、レオナルドも周囲への警戒を怠らなかった。
「聖女には納得できないだろうが、こやつには何か考えがあっておそらく訓練にかこつけて、聖女を攫って来させようとしたのだろうな。それが上手くいかなかった事で、自分の一族を率いて聖女に接触したという所か?」
「さすがは魔王さま。わたくしの考えは全てお見通しでしたか?」
「おまえとは付き合いが長いからな」
「初めは鳥魔族の長に頼んで、聖女さまをデルウィークにご招待しようと思っておりました」
「招待じゃないでしょう? あれじゃあ、人さらいじゃない」
志織は神殿に鳥魔族が現れた時のことを思い返して反論した。
「まあ、そういう風に受け取られても仕方ありませんね。鳥魔族の長は、初めは国境付近に使者を遣わしてモレムナイトの勇者王と話をしようとしたらしいのですが、勇者から一方的に攻撃されたそうです。
そこで勇者に話をしても無駄だと思い、神殿に向かったのですがそこでも勇者に先回りされていたので、強行突破で聖女さまをお連れしようと思ったようです」
「さようですか。では、最終的にわたしを攫ってここに連れて来たのはあなたってことで良いんですね? グライフさん?」
「ベーアリ同様、わたくしのことはグライフで構いませんよ。聖女さま」
グライフから事情を聞かされた志織は、なぜ彼が自分を攫って来たのだろうと思った。
「あなたさまを攫った訳ではありません。結果的にはそうなってしまいましたが、あくまでもこれはご招待です」
「はあ」
(力強く断言されてもなぁ)
志織は軽く脱力を感じた。
「鳥魔族の長は勇者に邪魔をされ、聖女に近寄れなかったと、泣く泣く逃げ帰って来ましたので、わたくし自ら聖女さまをお迎えに上がった次第です」
「迎えじゃないでしょう。あれじゃ、どう言おうと人さらいと変わりないから」
「まあ、やり方は強引だったと反省はしております。それでも聖女さまをこのアーダルベルト城へお迎えすることが出来て良かったです」
(あなたねぇ、少しは人の話を聞きなさいよ)
にこにこと笑いかけて来る壮年の男に志織は呆れた。
「分かるだろうか? 聖女、我の大変さが」
「マーカサイト。同情するわ」
志織の反応に、マーカサイトがため息をつく。
「ところであなた方は、ふたり仲はいいの?」
「ああ。悪くは無い方だな」
「わたくしも魔王さまをお慕いしておりますよ」
志織の問いにマーカサイトと、グライフは間髪いれずに応えた。
「なら、なぜ我の元から去った? この国デルウィークに数人の配下の者達を連れ、留まっているのはなぜだ?」
グライフの言葉にマーカサイトが反応する。グライフは毅然とした態度で言った。
「あなたさまに代わってお守りしてるものがあるからです」
「なんだ? それは?」
「いまのあなたさまにはお教え出来ません」
「教えろ。それはなんだ? なぜ我に隠す?」
「隠してなどおりません。あなたさまが忘れられてしまったのです。わたくしはそれを思い出して頂きたく、聖女さまをお招き致しました」
「どういうことだ? グライフ?」
マーカサイトの声が冷たく響いた。
「あなたさまが失われた記憶のなかに答えはあるのです。わたくしからは申し上げられません」
苦々しい表情を浮かべたマーカサイドに、グライフは平然とした態度を取る。志織は何も言えずに押し黙った。
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