第30話・元魔王の側近です


「聖女」


「マーカサイト……」


 グライフが志織の要望を聞き入れてくれたので、食後にマーカサイトと会う事が出来た。謁見室らしい場所で優雅に足を組んでソファーに座っていたマーカサイトは、入室して来た志織を見て目を丸くした。


「どうしてここに?」


「あなたに会いに来たのよ。無事で良かった」


 マーカサイトはソファーから立ち上がり、志織の側まで来た。志織は彼に会えた嬉しさにひしっと抱きついた。

 

 獣人に襲われ、目が覚めたらそのアジトと思われるところに自分だけ残されていた。モレムナイトから同行した者はここには誰もいない。

 豹に変身出来てしまう男が側にいて、志織は落ち着かなかった。そのなかで見知ったマーカサイトに会えたのは心強かった。

 

 そんな彼女に戸惑いながら魔王は、彼女の手を引いて自分の席の隣に誘導した。


「今日はいつもに増して可愛い姿をしておるな。良く似合うぞ」


「ありがとう」


 捕らわれてる身の上だというのに、こんな時でもマーカサイトは女性を褒めることに余念が無い。志織はこちらの世界に来てから初めて着せられたドレスの感覚に慣れないでいた。


「おかしくない?」


「良く似合ってるぞ。その髪飾りも瑠璃色のドレスに良く似合っている。そなたは我の好む色が良く似合う」


「ありがとう」


 志織はマーカサイトの髪の色のような瑠璃色のドレスを着せられていた。所々金糸の刺繍が入り、パールの話飾りが散らされていた。髪飾りは金の透かした宝飾に、瑠璃色の石がはめられている。


「そなたに抱きつかれるのは大いに喜ばしいが、一体どうしたのだ? おおげさだな。いつものそなたらしくないではないか?」


「もう。あなたが攫われたと聞いて助けに来たのに。どうして平然としてるの?」


 志織は誘拐された本人が意外にもけろりとしてるので不思議に思った。それにどうみてもマーカサイトは誘拐された様な悲壮感もないし、堂々としていてまるで客人扱いだ。


「あなたとの会談した後、大変だったんだから。あなたが攫われたと聞いて……」

 

 志織は今まであったことをマーカサイトに話して聞かせた。神殿のなかで鳥魔族に襲われた事、魔王が攫われたと聞いて救出隊を組み、魔王はデルウィーク国にいる元側近にかどわかされたらしいと聞いたので、デルウィーク国に隣接する森のいり口まで転移装置で来たはいいものの、今度は森からなかなか先に進めなくて目的地にたどり着けなかった事、そこへ昨晩、獣人に襲われて‥と、いう話の下りでマーカサイトが豪快に笑い出した。


「これは愉快。愉快。あっはははははははははは……」


「笑い事じゃないわ、マーカサイト。どれだけ心配したと思ってるの?」


「いや、済まぬ。済まぬ。まあ、まずはこの紅茶でも飲んで落ち着くがいい。このグライフの入れる紅茶は上手いのだ。聖女、冷めないうちに頂くが良いぞ」


「はあ……、この人とはどんな関係?」


 マーカサイトはグライフの入れた紅茶を勧めて来る。その態度からしてどうも彼と知り合いのようだ。志織は先ほど豹の姿に変わった男から警戒を取らなかった。そんな志織にマーカサイトはほほ笑んで来た。


「うむ。前に話しただろう? これは我の国を出て行った元側近なのだ」


「へぇっ。ぐっ……!」


 紅茶に口を付けようとしていた志織はむせた。


「大丈夫ですか? 聖女さま。こちらを」


「ありがとう。ベーアリさん」


「どうぞ、ベーアリと」


 志織の背後に控えるベーアリからハンカチを速やかに手渡され、志織は有り難く拝借した。背中をマーカサイトが擦ってくれた。

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