第九話...

「クッ……」


僕たちがあそこに到着する時は、もう既に遅かった。


「はぁ……はぁ……己!!ただの小僧で我をここまで追い詰めるとは!!!八つ裂きにしてくれる!!!」


けど、少なくとも、本当の意味の遅いというわけではない。

まだ希望はあり、それがある限り戦おう。


「させない!!」

「何!?き、貴様は!?!!」


力のなくなった少年に近付こうとした奴を僕の刀で止める。まだだ、まだ間に合う。


「あかり!凜をお願い!!」

「わかった」


けど僕には彼をあの状態から助けられるような技術は持ってない。僕に持てる唯一の力は守る力と壊す力だけだ。

一刻も早く彼の容態を見たいが、今は目の前にいる人類の脅威をは排除してからにしよう


「何故貴様らがここに!?はっ!ま、まさかーーー!?!!」

「あれもうない。僕たちが跡形もなく消したからだ」


文字通りに、粉々でもなくもう物質すら存在しなくなったあの兵器のことを告げると、やつは露骨に怒りを露わにする。

怒るだろね、長年、それこそ何百年もの間頑張って作り上げてきたものが壊されると知ると。

でも、今の僕の怒りもそれくらいだからおあいっこってことで、消えてもらおう。


「己……己、己、おのれ、オノレッ!!!!!」


怒り方がどこぞの英雄王と同じように悪態をつく奴。しかし言葉と表情と違って、僕から距離を取り襲い掛かろうとする振りすらもない。

恐らく、奴と僕の怒りは、僕の方が勝ってるだろう。

だからなのか、簡単に予測できるはずなのにこの時だけ僕は奴の、次の行動を当てることができなかった。


「よくも我の百年の努力を!!!……だが、いい。確かに我の希望も絶えた。しかし貴様らも、この我をここまで追い詰めたその希望も、もう直に息絶えるだろう」


ニチャアと、してやったかのように奴は気味悪い笑みを浮かべ、それが僕の神経を逆撫でするには十分に気持ち悪い顔だった。

正確ではない曖昧な言い回しだが、奴が何のことを言ってるのか僕にはわかる。

だからもう我慢なんか出来なかった。


「おまえ!!」

「ハハハハッ!!!いいぞその顔!!怒りで我を忘れたその顔!!感じるままに身を任せるその表情!!それでこそ人間だ!!」


神速剣と呼ばれた人とも交わしたことのある僕の刀は奴の胸に……刺さらなかった。

代わりにぶすっと肉の裂ける音が近くに、目の下ーーー僕の胸あたりから聞こえた。


「ガハッ!!」


簡単なトリックだ。幻(まぼろし)魔法と空間魔法。自分の分身のいる位置に予め空間魔法をおいて、僕の刀がそこに刺さったら僕の後ろに現れるように設定する。


「まだまだこの怒りは収まらんが、流石に我も行かねば」


少し離れた位置で奴の、のボロボロの姿が見えた。

痛い...痛いが、奴を討つならば今しかないと本能が告げた。だから僕は歯を食いしばって痛みを押し殺して刀を脱いだ。


「ッ!!!……本当にしつこいやつらだ。だが術はもう動いた。我を討つことも止めることもできん。次に会うときが貴様らの最後だ」


一瞬だけ驚いた表情を浮かべて、奴はとっとと展開してる空間転移門を括り、消えた。


「チクショウ!!!!!」


それを見て、自分が失敗したと痛感すると叫ばずにはいられなかった。

傷は痛いが、降り始めた雨の冷気で少し麻痺って痛みは和らいだ。

だけど今は悔しがる場合じゃない。


「り、凜!!」


今は、後ろに倒れてる少年、僕の親友、凜の容態が先だ。


「洋くッーーーその傷ーー!!」

「俺のことはいい!!これくらい大したことはない!!それより手を止めるな!!」

実際これよりの重傷もおったことあるのだ。これくらい死にはしない。

だから手を止めて俺を治療しようとする治癒魔術師ーーー白椿あかりに彼女の目の前にいる僕の親友を優先するように言った。

一瞬何か言いたそうな顔をする彼女だが、僕の思いが通じたのか凜の治療に再び集中した。

どくンと心臓が鳴る音がする。土砂降りの雨なのに、なぜかそれだけは鮮明に聞こえた。


「凜!!」


これで助かるはずだ、と喜ぶ俺は空いてる反対側に彼に近づいた。

それが彼を殺す行為とも知らずに。


「凜、俺の声が聞こえるのか!?」

「き……こえるよ……あほ……」

「よかった!よかった!!」


見るに見るに生気が戻ってくる顔。

だけど喜ぶもつかの間。彼の次の行動は俺とあかりにとってこのあと、一生後悔することになるだろう。


「おい、何をする?何をするんだ!?凜!!」


少年の右手に、あかりがいる側にやんわりと光が集まった。


「り、凜くん?」


あかりも最初は戸惑ったが、すぐに彼が何をしようとするのかがわかってすぐ焦る表情になった。


「や、やめて凜くん!!今【転写】を使ったらあなたはーーー」

「うるさいよ、二人とも。今の僕は最高にヒーローになる気分だ」

「おい、凜!!やめろ!!俺のことは気にするな!!!やーーー」


やめろ。やめてくれ。お前がそんなことする必要はない。今はただ大人しく治療させてくれ。

そう叫びたいはずなのに、口が開かない。いや、鉄の味がいっぱいで開いたとしても出てくるのは言葉ではなく、赤い液体だけだ。


「ほら見ろ。お前もう無理だ」

「ーーーー!!!」

「このまま治療してもらえば僕は助かる。……だけど、あかりさん、魔力、もうないでしょ?」

「そんな……ことはッーーー」

「ある。僕にはわかる。魔力欠損なんてこの能力がこうなってから嫌って程経験してきたから僕にはわかるよ」

「でもッーーー!!」

「でもじゃない。もう他の方法はない。今すぐに僕と洋を治療しなければ僕たちは死ぬ」


そんなこと。。体がそう告げてるんだからわかる。でも、でもーーー


「でも君の魔力はもうしか残ってない。魔力生命の源だ。足りない分まで魔力を使えば君まで危なくなる。それに、皆かなり消耗してるはずだろ?」

「ーーーー」


さっきまで死に体だってのに、ペラペラと喋る。もういい。それ以上喋るな。残るのはお前でいい、俺に現実を付けてくるな。

力が抜けていく。だけど俺の顔が濡れた地面につくことはない。言葉使いに似合わない程の男とは思えない細く暖かい腕が俺の体を優しく受け止める。


「『俺』とか使ってまあ、漸くそのデカい体に似合った言葉使うようになった」


うるさい。お前だってドキドキするくらい女顔の癖にピアスとかつけて、似合いもしないチャラ男演じて来た癖に。お前なんかその『僕』のほうがよっぽど似合いなんだよ。


「いいんだよ。僕のは、こういうのが……なりたかったからさ……」


なんだよ回りくどい言い回ししやがって。いつもみたいに毒たっぷりのドストレート発言しろよ。


「失礼だな。でもこれも僕の本心だ」


嘘つけ。お前はそんなに奇麗じゃない。


「失礼、とても失礼だな。君は」


……というかなぜ言ってもないのに俺と会話できるんだ?


「さあ?僕に読心の固有魔法があるかもよ?」


そんな馬鹿な。そんな悪魔のような魔法は聞いたことないし、お前の転写にある魔法はもう使い切ったはずだし、そもそもそんな魔法は転写してきてないはずだ。


「嘘だよ。てかこの距離なら鼓動とか息とか表情とかでわかるし」


なんだその微妙な器用さ。キモイなお前。ホモか?


「ホモが毎日毎日美少女キャラのアニメについて語るか?」


どうだかな。実際女は好きでも、俺に惚れてるかもしれんだろ。


「君って意外と自惚れてるんだね……」


だろ?俺ってば意外と度胸がある陰キャだぜ?この前とあるヤンキーに言われたんだから、間違いない。


にしてもお前の腕、意外と温かいな……


「……」


あー眠い……おやす……イッテ!?

怪我人を叩くな!!口にある血全部入ったんじゃないか!!お陰であかりちゃんが血と俺の唾液まみれになったぞ!!


「吐いておかないと室息死しかねないらしいよ」


な、なるほど……じゃそういうことで、俺はもうねーーー


「そろそろお別れの時間だ」


ーーない!!絶対寝ない!!だからその右手を光らせるな!!


「君はもう限界だ。だからもう時間」


やめろ!!あかり!!こいつを止めろ!!!


「あかり、君はわかるはずだ...いや、君はそうしたいはずだ。僕なんかより洋を助けたいって」

「私はそんなことーーー」

「思ってるよ。けど君だけじゃない。今ここに向かってる人もそうだ。洋自身だってわかってるはずだ。だからここで去るべきは僕だ」


や……め……ろ!!


もう思考さえまともに纏められない。本当に俺の限界が来たようだ。


「僕より多くの人から愛された洋を残すべきだ。これは合理的な判断以前に、僕もそうするべきだと思ったから」

「……」


反論されないのをいいことにその少年は勝手に一人で言い続ける。


「僕が死んだら、親には、息子は立派に戦ったと伝えてくれ。多分僕のことを本気で悲しんでくれるのはあの人たちだけだ。まあこの阿保を除けばね。

 あかり、君は洋が好きだ。そして他の皆も皆、洋が大好きだ。友情的にも恋愛感情的にでも、その数は僕より何十倍もある」


……違う、そんなじゃない。お前も、お前が好きな人もたくさんいる。恋愛じゃなくてもお前は俺より友達が多いはずだ。


「……僕はね、幼い頃から物語の主人公になりたかったんだ。……こんな美しい世界に退屈させない世界に、面白いものがたくさんある世界に、どこかで一つの物語の立役者になりたかったんだ。」


なれる!お前ならなれる!!だってお前はすごいやつだ!!転写魔法なんて、どんな魔法でも使えてしまうような魔法を持ってさ!!だからお前はなれるんだよ!!だからーーー


「諦めるな!!」


「やっと……喋れたんだね……諦める?諦めてないよ……今僕は……君を助ける……主人公(ヒーロー)になってるよ...」


「やめろ!!そんなものは!そんなバッドエンドは誰も見たくない!!楽しくないんだよ!!やるなら、みんな幸せになるトゥルーエンドにしろ!!俺から離れろ!!!!」

「離れない……絶対に……君を助けるまでは……僕は……離れない……」

「何でだよ!!!何でお前弱ってるはずなのに、剥がせないだよ!!やめろ!!止めろ!!!俺はバッドエンドが大っ嫌いだ!!NTRなんてくそ食らえだ!!!」

「こん……なとき……でも……下ネタ……できるとは……流石……僕の……親友だ……」


何故だ!?何故こいつの手を剥がせない!?!!……まさか!?


「き……づいた……のか……へへ……」

「お前!!!あかり!俺の腕と足を回復してくれ!!今すぐだ!!」

「は?へ!?」

「早くしてくれ!!この野郎、俺の魔力を避けてる!」

「え!?そ、そんなことできるの!?」

「そんなことより早くしてくれ!!このまま凜が死んでしまう!!」

「わ、わかった。は【超回復(ハイヒール)】」


……


「あ、あれ?」

「ど、どうしたあかり?」

「で、出ない……!?私の魔法が出ない!?」

「何故だ!?!!」

「言った……はずだよ……あかりちゃんの……まりょくは……ないって……」


何もかも想定済みってかよこいつ!?もうすぐ死ぬのに妙な時だけ頭回しやがって!!


「やめろ!やめーーーよし、剥がれた!!」


腕と足に力が戻って、俺は凜のその自殺好意を止めるべき抱きついた腕を退かした。

だけどもう遅い。その理由はすぐに元に戻ったボロボロだった自分の腕に気付いたから。


「……もうちりょう……おわりだよ……」

「おい!!おい、リン!!お前、何やってんだよ!!」

「……さいごは……せめて……びしょうじょの……うで……の、なかで……死にたかった……」

「何やってんだよ団長!!!」

「……いたい、ゆらすな……こんなときくらい……あにめねたを……ぶちこんでくるな……」


よし!まだ突っ込む余裕はあるな!!大丈夫だ、もう援護の足音が聞こえてきた。俺の親友は助かるはずだ。


「まあ……さいごは……きみ、の……で……かんべんして、やるよ」

「ああ、寛大な心に感謝するよ。だから死ぬな。死ななかったらあかりくらい抱かせてくれるだろ」

「え?!」

「……じょせいに……しつれい……だね……えんじょうしないていどに……ほどほどにしてね……」

「炎上なんか構わねーよ!俺はな!とびっきりの男尊女卑思想なんだよ!女なんて性道具だ!肉便器だ!」

「えええ!??嘘だよね洋君!?凜くんを引き留めるための冗談だよね!?!!」

「嘘なもんか!!俺はいつだって本気だ!!!」

「さ、最低なんですけど!?!!」

「はは……さいてい……だね……」


そうだ。俺は最低だ。いつも脳内で周りの女子をあれやこれやと色々弄ぶのを想像して性欲を抑えてるようなゴミ野郎だぞ。オタクの性欲舐めんなよ。


「そうだ!俺は最低だ!!だからお前にはそんな最低最悪な俺と一緒にばかやる義務がある!!わかったか!!このままほっといたら俺はいつかこの美少女ズの誰かを犯しかねないぞ!!お前の親友が犯罪者になってもいいのか!?お前が命懸けてまで救った人間が実はクズ系ハーレムエロ同人の主人公でいいのか!?!!」

「はは...そうだね...ほっておけないね...だけど...すこし...ねむ、い..から...ね...る...」


「おい、おい!!寝るな!!馬鹿野郎!!この女顔ヤンキー!!エセチャラ男!!寝るな!!!」


おい、頼むから俺にツッコミしろよ!!なあ!!!


「凜...おい...凜!!!」


そう願って、俺は強く腕の中の少年を揺らす。どれだけ痛がろうが構いやしない。








「....................」











ーーーだけどもうそこは冷たくなった、眼だけ開いて穏やかな表情で雨のせいで曇ってる空をずっと見てる俺の親友がいるだけだった。


その瞳にはもう何も映らない。







と、そんな出来事があって翌日。


「な、なんじゃこりゃ!!?!!!」

俺こと、木霊凜は何故か俺の代わりに我がを見て一人で知らない部屋に叫んだ。


「お、女になってる...!?!!」


訳が分からないぜ!!

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