ニイナは抱きしめる

 その人はかつての聖剣の担い手だと名乗った。


 少し年老いた、でも精悍な男の人。


 質素な服装で、ただの地方にいる傭兵か何かだと言われた方がしっくりくる。


 そんな人に、私とお母さんは会いに来た。


 お母さんは、少し難しそうな顔をしたまま「あなたにも知る権利があるから」とそれだけいって、私をその人の家まで連れてきた。


 小さな町の小さな家、その中の小さな机で私達は向き合っていた。


 そして、男の人は、どことなく寂しそうな表情をしながら、私とお母さんを眺めていた。


 「―――は、死んだか」


 「はい」


 「そうか……あれが死ぬとはな。それでその子は……あいつの忘れ形見か?」


 「そうです」


 「……そうか」


 男の人は黙って、小さなコップをお母さんに渡して、自分の前にも置いた。それから、私の前にもそっとジュースが入ったコップを置いてくれた。


 それから無言でお母さんと一緒にコップを合わせた。


 チンという小さな音が、静かになった。


 それから、私を見ると、そっと優しくコップを合わせた。


 少しの間、三人で祈るようにしてコップを飲み干した。


 「師匠せんせい、聞きたいことがあります」


 お母さんの言葉に、男の人は黙ってうなずいた。


 「『聖剣』とはなんですか?」


 え?


 と思わず、言葉が漏れた。


 聖剣? 何の話をするんだろう。


 ただそれに対して男の人は、じっとお母さんを見つめていた。真剣で、でもどことなく穏やかな表情で。


 「いきなり、それを聞くってことは、お前の中で大体の答えは出てるんだろう」


 「はい」


 お母さんは、じっと頷いた。


 男の人は、軽く頷き返すと、お母さんと自分のコップに少しばかりお酒を注いだ。


 「聞かせてくれ」


 「長くなります」


 「構わない。お嬢ちゃんは聞いてていいのか」


 「……この子にも聞く権利があると思います」


 でも辛くなったら、聞かなくていいよとお母さんは言った。


 私は黙って首を横に振った。


 何を話すのかはわからない。でも、きっと、私にとって大事な話だと言うことはわかったから。


 お母さんはゆっくりと頷いた。


 「初めの疑問は、担い手が殺されたのに、犯人がただの夜盗の一言で済まされたことです」


 「実際ただの夜盗だったんじゃないのか」


 「もしそうだとしても、そこに何かしらの意図や理由を着けるでしょう。ここはそういう国です。ただの魔法学校の生徒に、聖剣の担い手を指名してそれを大々的に宣伝するような国ですよ。悲劇は徹底的に利用します」


 「……ふむ、それで?」


 「じゃあ、ただの夜盗じゃなかったとして。どういう意図があったのか、何故それを国が隠す必要があるのか? 単純に考えれば、国が彼女を殺したんじゃないですか? だから、彼女の死は注目されてはいけなかった」


 「…………斬新な仮説、だな」


 「はい、半分ただの妄想です。でもそう考えると色々と辻褄が合うんです」


 「……続けてくれ」


 男の人はそう促しました。


 お母さんは朗々と喋り続けます。


 「どうして彼女は既定のルートを外れたのか?」


 「多分、あの子なりの実験だったんです。『自分の到着が遅れることで災禍の到達も遅れるのか』っていう」


 「災禍には一つ特性があります。『必ず一定以上は被害を出して、必ず一定以上は被害を出さない』」


 「彼女は、ニイナに対して『私が近づかなければ、災禍は街にやってこない』と言ったそうです」


 「おかしいですよね。というか、よく考えなくても巡礼の旅は不自然なんです。決まって十年で現れる災禍。どこからともなく、異形の怪物たちが何故か示し合わせたように順番で訪れる。それから、まるで聖剣の担い手を待ち受けるみたいに街に許容できる範囲の被害を出して、そこを担い手が救いに来る」


 「だれもがそういう伝説だと思ってます。実際、目の前でそう起こってるんだから、誰もそれに疑問は持ちません」


 「災禍は一体どこからくるのか、それを打倒す聖剣とは何なのか。誰も彼も、深くは考えずに受け入れているけれど、あまりにも出来過ぎたシナリオです」


 「聖剣を転移魔法で動かすことはできません。どうしてか? 『旅に時間をかけるため』です」


 「しきたりによって聖剣の担い手は馬車も飛行魔法も使いません。『時間をかけて必ず一定の被害を出すため』です」


 「聖剣は災禍以外にはその本領を発揮しません。正確に言えばできないんです。精々、害のない閃光を放ったり、少し魔力で強化して動けるようになるくらいでしょう。各国のお偉い方が災禍を打倒す聖剣の力に驚いていますけど、実際は、あれを戦争で使うことなんて出来ないはずです」


 「あれは災禍を打倒すためだけに、その力を振るえるんです。そう望まれたものだから。だからこそ野党はあの子の寝込みを襲うことで、いともたやすく殺すことが出来ました。あれはもともとそういうものなんです」


 「聖剣とは―――」


 「災禍を打倒すためだけのものです。それ以上はありません。なぜならそれ以上は望まれていないからです」


 「災禍とは―――」


 「聖剣によって打倒されるために生まれたものです。創られた―――と言った方が正しいのかもしれません。だから十年ごとに決まった順に現れる」


 「一定の被害を出すのは、『国民に共通の敵を創り上げるため』……あまり考えたくはありませんが浮浪者とかの間引きも目的かもしれません」


 「そうして、そうやって現れた『共通の敵を、人類として協力して打倒する』。果てはその先に、莫大な資源を国全体にもたらしている」


 「『共通の敵』……っていうのはすごく国がまとまるのに都合がいいのですね。身内のいざこざや、隣人同士の些細な争いも、共通の敵の前には霞みます。なにせ協力しないとみんなが死んでしまうんですから。国内のありとあらゆる問題をなあなあにして流すことができてしまいます」


 「実際、遠くの国では『戦争をしている敵国』を共通の敵にしてみたり。『意図的に創った差別階級』を敵にして、人心掌握をしたりすることもあるそうです。ただこの国ではそれが『災禍』というものだっただけ」


 「どうしてこれがなされているのか? 聖剣は人々の『期待』を叶えるものだからです」


 「一度、聖剣そのものを研究したことがあったんです」


 「……不思議なんですけどね、どこまで解析しても、あれはただの鉄の延べ板なんです。何の変哲もない、ただの棒切れ。だけどまるでどこからか何かの力が流れ込んでるみたいに、あの剣は魔力を生み続ける」


 「ずっと、誰かの想いが流れ込んでる」


 「そうなるようにと、望まれたように」


 「事実としてこの国では争いがありません。創られた『共通の敵』がいるからそれどころではないからです」


 「事実としてこの国はとても恵まれています。敵を打倒した報酬で国全体が、人々の生活が潤っている」


 「事実として……きっとこの国の人たちは穏やかです。誰かに期待をゆだねたままで居られるから……」


 「そういう物語がある国として、望まれたからじゃないでしょうか」


 「つまるところ、聖剣とは災禍とは―――」


 「全部自作自演のおとぎ話です」


 「用意された悪役を、用意された正義が打倒す」


 「それに人々は熱狂し、団結する」


 「聖剣とは、担い手とは、そのためだけの存在なんです」


 「あの子は……私の親友はどこかで、それに気づいたんじゃないんでしょうか?」


 「だから、ふと疲れて道を外れたくなった」


 「たくさんの期待を背負って、たくさんの痛みを背負って」


 「そうして歩いてきたものが、全部創られたものだと知ったから」


 「嫌気が差して、道を外れたくなったんじゃないでしょうか」


 「そうして、その事実に気付いたことを、国の秘密を知る人たちに知られてしまった」


 「だから口封じをされたんです。担い手が災禍以外では、力を振るえないことを、その人たちは知っていたから」


 「あの子は、国民のそういう物語を守るために殺されたんです」


 「師匠せんせい、これが私の仮説です」


 「根拠は正直、乏しいです」


 「まるっきり、この通りだとも想いません」


 「でも、世迷言というにはいろんなことに辻褄があってしまう」


 「たくさんのことにも説明がついてしまう」


 「……答えをあなたなら、知っていると想ったんです」


 「……何も言わないでください。先生の顔をみて答えが……わかりました」


 「ありがとうございました。本当にお世話になりました」


 「これから、あの子のお墓の世話だけ申し訳ありませんが、お願いします」


 涙を流す男の人を独り置いて、私とお母さんはその場を後にした。


 そうして歩いて歩いて、ふとした時に雫が頭の上から零れてきた。


 眼を上げたら、くしゃくしゃな泣き顔がそこにはあって。


 お母さんはやがて、膝をついて泣き出してしまった。


 空が曇る。


 雨がそろそろ降ってくる。


 私はお母さんをそっと、でも強く抱きしめた。


 私と同じ、欠けを持ったこの人。


 じっと離れないように、つよくつよく抱きしめた。



 「どうしよ……かなあ、これから」



 お母さんはそう言って、ちょっと困ったように笑いました。



 私はいつかのお姉さんの言葉を想い出して。



 「逃げちゃおうよ」



 そう言いました。

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