魔法使いは憂う
八つ目の災禍の討伐から二日後。
少女が言った通りの場所に、担い手とその襲撃犯の遺体が確認された。これを受けて、聖剣の国は正式な決定を国全体に下した。
第四十三代聖剣の担い手の死亡。
および、第四十四代聖剣の担い手の臨時叙勲。
そして、九つ目の災禍および、最後の災禍の討伐を少女に課した。
次なる災禍への対応のためか、国の対応はとても迅速で、あっという間に名もない少女は聖剣の担い手として国全体から祭り上げられた。
協議の間、
そして私は結局、その後も裏方のまま。
支援するべき相手の名義だけが変更され、仕事は通常通り、何の変化もなく進行した。
そうして、おおよそ五日の時が流れ。
巡礼の旅はあっさりと、終わりを告げる。
残った二つの災禍は歴代最速の速さを持って討伐された。
一応、災禍は順を追うごと加速度的に強大さが増していき、後半になれば丸三日は戦い続けることもザラなのだが。
九つめの災禍『百万の獣の軍勢』も。
最後の災禍『天を覆う闇』も。
名もなき少女に、ほぼ一刀のもとに斬り伏せられた。
その事実に、聖剣の国はかつてない程に湧き上がった。
先代から死の間際に聖剣を託された、名もなき少女。
歴代のどの担い手よりも圧倒的な力を振るう、か弱き少女。
そんなおあつらえ向きな賞賛の的に。
祭り上げられるべき神輿に、国全体が狂うほどに湧き立った。
災禍の被害も歴代最小限であり、同時に得られた資源も莫大なものとなった。
異国の商人はその資源に目を輝かせ、異国の軍人はその強大な力に慄いた。
こうして全ての災禍は倒され、巡礼の旅は終わりを迎えた。
そして、私にとっては、親友が消え、代わりに自分自身の名前も知らない少女だけが遺された。
事後処理の全てが終わった後、私はなんでか名もなき少女の里親に志願した。
不思議と、周囲の誰もそれを止めることはなく、あっさりとその事実は受け入れられた。
翌日の魔導新聞には、でかでかと亡き担い手の親友が、忘れ形見の少女を引き取った感動的な紙面で描かれていた。
国全体が奇跡と感動に包まれていた。
私達みたいな傷を受けた少しの人を置いてけぼりにしたままに。
家にやってきた少女は、数日前に見たときとは随分と印象が違って見えた。
身なりがしっかりしたせいもあるだろう。
ちゃんとした、飾り気はないけれど上品な服を着こんで、どことなく背筋をまっすぐ伸ばして、でも何より。
私に対して、怯えんばかりに謝っていたばかりの瞳が、じっとまっすぐ私を見ていた。
既に聖剣は返還されてその手にはない、後は一月後の新たな聖剣の担い手の選定の時に少し触れる程度だろう。
少女は深々と頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします」
私は何も言えなかった。
ただわけがわからないほどに涙は零れてきた。
その少女を胸に抱いて、泣きながら抱きしめて。
そこで初めて、私はようやく実感できていた。
私の親友が死んだことを。
もう二度と帰らないことを。
新聞の煽り文句みたいなのが、少し腹立たしいけれど。
この子は、間違いなく私の親友の忘れ形見なのだ。
気づいたら、なんでか少女も泣いていた。
そうか。
そうだよね。
この子にとっても、私の親友はきっと大事な人だったのだ。
たった一日の旅だとしても。
初めて自分の命を肯定してくれた。
初めて救いの手を差し伸べれてくれた。
そんな大事な人だったのだ。
私達は、今、お互いのことなど何一つとして知らないけれど。
胸の奥で、ぽっかりと空いた同じ穴を抱えているんだ。
もう二度と、埋まることのないその穴を。
私達は二人揃って泣きながら抱きしめていた。
※
いつまでも名無しの少女では、据わりが悪い。
それで彼女と相談して、彼女の名前ニイナとなった。
親友の名前に一文字足しただけの安直な名前だったけど、彼女はそれがいいと喜んだ。
ニイナにとって、私の親友は『お姉さん』。
私のことは『お母さん』。
まあ、一応、戸籍上は養子になるので、それは間違えていないのだけど。同年代がお姉さんで、私がお母さんなのもいかがなものか。
そうは思ったけれど、私の寝床に甘えて入ってくるこの子を見ると、あまり気にもならなくなった。
巡礼の旅の事後処理の仕事をしながら、私はニイナとたくさんのことをした。
服を買いに行った。着たい服が見つからなかった、といより、ニイナはわからなかったから、とりあえず沢山着せてみた。結局、動きやすい軽装を気に入っていた。
料理を作った。どれが好みか知りたくて、色んな種類を出してみたけれど、どれも彼も美味しそうに食べるのものだから、果たしてどれが好きなのかはよくわからなかった。
一緒に洗濯をして、一緒にお風呂に入った。風呂場で見るとニイナの身体は傷だらけで、たくさんの虐待の跡があった。ニイナは少しだけそれをみせるのをためらっていたけど、もう増えることはないと私が言うと、安心したように抱き着いてきた。
眠る間際に決まって、親友の―――ニイナにとっては『お姉さん』の話をした。
何が好きで、何が嫌いか。
いつから出会って、どれだけの時間を過ごしたか。
幼年学校でのこと。
魔法学校でのこと。
出会い。
一緒にしたイタズラ。
試験で成績を争ったこと。
先生に内緒で夜の校舎に忍び込んだこと。
部屋で一緒に魔法細工をつくったこと。
聖剣の担い手に選ばれたこと。
前担い手との修行の日々。
それを私が見ていたこと。
周囲からの期待に苦しんでいたこと。
家族との交流、軋轢。
一緒によく料理をしたこと。
彼女の好きなご飯、デザート。
オレンジのケーキが好きだったこと。
チョコチップクッキーも好きだったけ。
一度だけ、内緒で外国に旅をしたこと。
そこでそびえたつほどの山を見たこと。
言葉も通じない人たちと、一生懸命、話して、働いて、ご飯を食べたこと。
帰ってきたときに、死ぬほど怒られたこと。
成人して、二人揃って国家機関に職を持ったこと。
担い手の供に選ばれるために、たくさんの魔法を学んだこと。
二人をお酒を飲むようになったこと。
巡礼の旅が始まる前に、最後に二人で、国内を回って旅をしたこと。
そんな話をたくさんした。一通り話してしまったら、もう一度。
話すたびに、そういえばこんなことがあったって、想い出がぽろぽろと零れてきた。
夜は決まって、眠りにつくまで二人で寄り添いながら、そうやって話をした。
※
私が働いている間、ニイナは一生懸命家事をしてくれた。できることは少ないけれど、懸命に懸命に……どこか懸命すぎるほどに。
気になったので少しだけ話を聞いてみた。
すると彼女は、『役に立たないといけない』といった。
自分はお姉さんの代わりなのだから、その分だけ役に立たないといけないのだ、と。
聖剣の担い手の頃からずっと、この子にはずっとそう言った焦りがあったみたいだ。
『誰かの役に立たないと』『特別何かにならないと』。
そんな焦りが彼女をずっと突き動かしていたみたいだった。
なんか腹が立ったので、休みを取って一日中甘やかした。
掃除も手伝いも何もさせないままに、今日一日は私に甘やかされるのが仕事だとして、滅茶苦茶に甘やかした。
最初は困惑していたけれど、しばらく甘やかしていると、いとも簡単にすり寄ってきた。多分、境遇上、人への甘えがまったくもって足りてないんだろう。
認められた経験が少なくて、自分がここにいていいのか、それすらまともにわからなくて。
だから、人の顔色を窺って、期待に応えようと奮闘して、そのときの自分を省みない。
そういう子みたいだ。
だから、甘えやかし倒した一日の終わりに、じっと瞳をみて教え込んだ。
特別じゃなくていい。自分が無理して誰かの役に立つ必要もない。
やりたいことをやればいい。楽しいと想うことをすればいい。
誰より何より、私の親友がそういう子だったのだから。
そのままに生きていいと。
そう教え込んだ。
もちろん、彼女の今までの十年そこらの人生は、そういうわけにはいかなかったのだろう。
そう簡単には変わらない。でも、同じように今の生き方を十年かそこら積み重ねれば。
その頃には、この子の生き方も少しは変わっているだろうか。
そんなことを願いながら、その日はゆっくりと眠りについた。
次の日から、ニイナは半分くらい家事をして、残りの時間は好きなとこに遊びに出かけるようになった。
※
そうして、ニイナとの生活は、波こそあれど穏やかに過ぎていった。
ただ私はいくつかの疑念を解消しなければならなかった。
どうして私の親友は既定の道を外れたのか。
親友を襲った夜盗は何者だったのか。―――聖剣の担い手の引継ぎという大ニュースに隠れて、その夜盗の存在は誰にも言及されることはなくわからないままだった。
どうして、彼は聖剣の担い手という超常の存在を殺すことができたのか。
災禍はどうして、十年ごとに決まった順に発生するのか。
どうしてニイナは最強の担い手としてなりえたのか。
『私が近づかなければ災禍は起きない』という親友の言葉の意味はなんなのか。
『聖剣』とはなんなのか。
『災禍』とはなんなのか。
この国は一体、何のために存在するのか。
一つの疑問に答えを与えると、引きずられるように仮説が浮き彫りになっていく。
そう、結局のところ、全ては――――。
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