魔法使いは焦る
私の親友たる『聖剣の担い手』との連絡が途絶えて三日が経った。
おかしい。
おかしい。
三十分ごとに、使い魔越しによこされる連絡をチェックしているけれど、事態は一向に好転しない。
焦りで眼がくらみそうになる、頭が熱くて、自分自身が正常な判断ができていないことだけはよくわかる。脈拍異常、呼吸不安定、魔力は血液と共に身体を巡るから、そちらも不安定。
おかしい。
どうして補充部隊と合流できない?
どうして途中の街で連絡をよこしてこない?
目撃情報すらない、彼女の出で立ちは随分と目立つはずなのに、街道ですれ違ったと言う情報すらない。
ああ、もう、くそ。
そもそも今回の聖剣の選定がおかしいのだ。
普段の巡礼の旅は、聖剣に選ばれた複数の供が付くのが慣例だ。
魔法使い、戦士、神官、騎士。
ここ百年で平均三・四名。
それが聖剣によって選ばれ、担い手と同等の力を聖剣から与えられる。
それが常だった。
そのために私は、彼女が十年前に次代の担い手として選ばれた日から。
今日まで魔導の道を積み重ねてきた。
聖剣の叙勲の日、今代のお供は誰なのかと私と共に鍛え上げてきた友人たちはみな不安と期待で胸を高鳴らせていた。
本来ならその日、聖剣の力が、認められたものに託されるはずだったから。
なのに。
だというのに。
今代の聖剣は誰一人として選ばなかった。
担い手たる彼女独りを除いて。
国を背負う重圧をたった独りに押し付けた。
我ながら随分とみっともなく取り乱して、それでも彼女のためになろうと後方支援の裏方に徹してきたのに。
七つ目の災禍を打ち払ったという報告を最後に、彼女の姿は忽然と消えた。
次の街では既に八つ目の災禍が動きを始めたとの報告が入っている。
こんなことなら、無理を言ってでもついていけばよかった。
彼女は明るい少女だった。
魔導学校で、引っ込み思案だった私に手を伸ばした最初で唯一の友達だった。
よく笑う子だった。よく人を助ける子だった。
誰もが彼女をみたらすぐに好きになる。好意も嫉妬も、全部受け止めてそれでもなお自分の道を進んでいく。
端から見れば、それこそまるでおとぎ話の勇者みたいな。
それが私の友人だった。
でもそうじゃないところがあるのも、私はよく知っている。
人前で強がっても、私と二人っきりになったらよく泣いていた。
いたずら好きで、よく私と新型の魔導の実験をして、研究室を爆発させて怒られた。
黒い髪の癖っ毛がコンプレックスで、からかうと、顔を真っ赤にして怒っていたっけ。
担い手として選ばれてから、特に私の胸の中で泣く機会が多くなった。
だって、その時はまだ子どもだったんだから。
これから、国を襲う災禍を聖剣持って打ち払えなんて、言われても、怖くて怖くて仕方がなかったんだ。
本当は、聖剣の担い手なんてがらじゃない、おとぎ話の勇者なんて向いてない、ただのどこにでもいるありふれた、私の友人だったのに。
なんでか、無性に腹が立ってきた。
こんな慣習そのものに。
私と同期の仲間の誰一人を選ばなかった聖剣に。
年端も行かない子どもを捕まえて、担い手なんかにした大人たちに。
そしてそれを当たり前として何一つ疑わない、無辜の人たちに。
そうして。
なにより。
今、こうやって怒りを溜めることしか出来ない、自分自身に。
ただただ、腹が立っていた。
涙が、零れた。
噛みしめた歯が砕けそうだった。
震える喉が千切れて、もう声なんか出ないんじゃないかってそう想った。
そうやって、震えた。
何時間も、何時間も。
少しでも何かをしないといけないはずなのに、何一つとして遅々と進まなかった。
そうして、親友との連絡が途絶えて、三日と八時間が経過したころ。
使い魔が一つ伝達を持ってきた。
『八つ目の災禍、担い手によって討伐される』
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