ある聖剣の担い手

キノハタ

少女は歩く

 とある時代の。


 とある小さな国の。


 とある街道。


 少女は独り、歩いていた。


 年の頃は、十三から十五ほど。


 少し癖のある黒髪を揺らしながら、どことなく覚束ない足取りで歩を進める。


 その背には、少女の背丈ばかりの鉄の延べ板を携えながら。


 薄く、平べったく、何の装飾もなされておらず、どことなく錆び付いてさえいる、それを。


 少女は時々引きずりながら、歩いていく。


 どことなく歪な十字にかたどられたそれは、一見罪人が背負う十字架のようでもあったけど。


 それはこの国に、そしてこの国に住む人たちにとって、なくてはならないものだった。




 名を『聖剣』という。




 十年に一度、この小さな国に現れる数々の災禍。


 それは獣であり。


 死霊であり。


 闇であり。


 魔であり。


 竜であった。


 そして同じく十年に一度現れる聖剣の担い手は、その力を持って、災禍を悉く打ち払う。


 一つ一つが国そのものを滅ぼしかねない十の災禍は、聖剣の担い手の巡礼の旅によって、一つ残らず淘汰される。


 それがこの国のおとぎ話めいた習わしだった。


 それゆえ、この国は『聖剣の国』と呼ばれた。



 『聖剣の国』の人々は慎ましい。



 自分たちが、偉大なる担い手によって守られているのを知っているから。



 『聖剣の国』は争わない。



 竜や魔に脅かされる中、人同士で争っている余裕などないのだから。



 『聖剣の国』は感謝を忘れない。



 命を賭して、彼らの目の前で戦う担い手の姿を知っているから。



 『聖剣の国』は恵まれている。



 打ち払われた竜や魔の素材は、外国と高値で取引され、それゆえに豊かだった。



 後世までの歴史を見ても、ここまで穏やかで満ち足りて、そしてそれに感謝を忘れなかった国は存在しない。


 そんな人々の希望を————聖剣を背負いながら、少女は街道をただ独り歩いていく。


 今代の担い手によって、既に七つの災禍が打ち払われた。


 残す災禍はあと三つ。


 それを打ち払い、王都に辿り着くために。


 少女は聖剣と共に歩を進める。


 既に失われた、もう戻らない誰かとの約束を想い出しながら。


 ふと晴れ渡る空を見上げた。


 「おなか……すいたな」


 そう言って、名無しの少女は独りお腹を鳴らした。


 見上げた空には、竜も魔も死霊も獣も見当たらない。


 ただ穏やかな風が吹いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る