第15話 グノーム公爵本邸(1)

 グノーム公爵が治める土地はスピカ公国の西側に位置する。領地としては一番大きいこの地は、豊富な資源を武器に繁栄を続けていた。少し前までは。

 グノーム公爵直轄地は高い門で囲まれていて、その正面門から真っ直ぐ伸びた街道の先に、グノーム公爵本邸がある。

 

 思ったより堅牢な城だ、と思ったのはルーベンスだ。馬上から見る都市の人々は笑顔も明るく健康的に見える。だが、ふと見えた路地裏には、衣類すら満足に着れていない人達や子供が見えた。あの様子では、食事も満足にとれていないだろう。


 街道の両脇に騎士を配置し、聖女の乗る馬車の前後の警護をさせる。周囲を探るが殺気もない。市民も歓迎の拍手をしているだけで、割り込む様子もなさそうだ。中々に行儀が良い。

 アーマンディ様にも馬車から顔を出すなと言っておいた。メイリーンも付いている。心配はないだろう。


 街道を無事に抜け、グノーム公爵本邸に入る。大門を抜けると、中庭が見えた。庭の両側に噴水があり、その周りに花々が咲き乱れている。中庭の周囲を囲む青々とした様子の木々は整えられている。


 中庭を抜けた先に、グノーム公爵一堂が出迎えのために立っていた。今回の聖女の行幸に参上できるのは、現公爵アトスの近親者のみ。


 多すぎだろ、とルーベンスは呟いた。


 アトス公爵とその夫人が7人。その子供が20人強。トゥール小公爵とその夫人が5人。子供の数は10人弱。トゥール小公爵の異母兄弟にも妻と子供がいる。


 絶対に覚えれられない、ルーベンスはそう思いつつ、グノーム公爵一族を見る。皆、判を押した様な茶色の髪、紫の目。


「ようこそいらっしゃいました。聖女アーマンディ様」

 恭しく挨拶をするアトス公爵の後に、続いて一族が一斉にお辞儀をする。

 シェリルのエスコートにより、馬車から降りたアーマンディは穏やかに笑いその挨拶を受け取る。

「出迎えありがとう。アーマンディ・ウンディーネよ」


「息子の挨拶は以前済ませましたね。ではこちらへ。まずは長旅でお疲れでしょう。今晩はささやかな晩餐会をご用意致しましたので、ぜひご参加下さい。孫には明日にご対面で宜しいでしょうか?」


「せっかくですが、晩餐会は遠慮させて頂きます。聖女様は長旅で疲れております。明日の御令孫との対面時間を教えて頂けますか?」

 メイリーンが、当たり前の様にアーマンディの前に出て仕切る。


「また聖女アーマンディ様のお部屋へのご案内を先にお願いします。聖女様のスケジュールは私が代わりに把握致します」


 一瞬忌々しげな顔を見せたアトス公爵は、直ぐに笑顔に代え、妻の1人にアーマンディの案内を頼んだ。

 シェリルにアーマンディのエスコートを任せ、メイリーンはルーベンスと共に、アトス公爵の案内で応接室へ向かった。


 予定通りとほくそ笑んだのは、メイリーンだ。

 小兄様は、人との接触はなるたけ減らしたいと思っている。グノーム公爵家はアーマンディを引きずり下ろしたいと思っている一派だ。小兄様は、純粋な人だから、人の汚い部分を見せたくない。権力欲とかそんなのとは無縁でいて欲しい。


 それをルーベンスに言ったら、過保護だ、と一度は突っ撥ねられた。アーマンディはもう大人だから、色々と自覚すべきだと。散々2人で話し合った結果、最終的には彼が折れてくれた。女の私なんかときちんと話し合ってくれる彼には、正直びっくりしている。姉であるシェリルが、ああだから弟の彼は女性に対して平等に接してくれるんだろう、と思う。


 暖炉付きの応接室に案内され、アトス公爵が着座を促す。ポットから注がれた紅茶をアトス公爵が飲んだ後に口を付ける。


「孫との面談ですが、明日の10時頃でいかがでしょう?孫の母が、聖女様の元にお連れします」

「承知致しました。では明日の対面が終わったのち、明後日には中央都市に戻ろうと思います。アーマンディ様は過度な催し物を嫌います。このまま何も催さず、帰して頂きます様お願い申し上げます」


「では、晩餐会も何もせずにお帰しせよと?それではこちらの面目が立ちませんが?」

「アーマンディ様はお体が弱いので、そのまま何もせず帰して頂きたいと、大聖堂より書状が送られているはずです。連名として、我がウンディーネ公爵、母の実家シルヴェストル公爵の名前も記載されているはずですが?」


 この辺は想定済みで、ここに来る前に信書として送ってもらった。グノーム公爵家とは言え、逆らえないはずだ。


「では、あなた方だけでも今日の晩餐会に出席して頂けますかな?メイリーン嬢とヴルカン公爵家の御子息と御令嬢もぜひに」

 想定外の誘いに動揺するメイリーンは横に悠然と座るルーベンスを見る。ルーベンスは子供らしくない優雅な仕草で紅茶を飲み、それをテーブルに置く。


「お誘い頂きありがとうございます。私とメイリーン嬢はぜひ参加させて頂きます。ですが姉はアーマンディ様の騎士です。騎士は主人と共にあるもの。遠慮させて頂きます」

「それは一理ありますな。ではアーマンディ様とシェリル嬢のお食事はお部屋へ運びましょう」

 返事の代わりに柔らかく微笑むルーベンスをメイリーンは眺める。


「では、私どもはこれで。晩餐会を楽しみにしております」

 そう言って立ち上がったルーベンスは、当たり前の様にメイリーンに手を差し伸べる。


 そこでメイリーンは失態に気付き一瞬、顔を赤くする。だが何もなかった様にその手を取る。メイリーンはマントを摘み、カーテシーを行う。

 扉の前にいたメイドが2人を先導する。メイドに注意を払いながら、メイリーンは小さな声でルーベンスに「ごめんなさい」と謝った。


「気にしなくていいよ。テンパってたんでしょ?」

「うん、本当は応接室に行くまで、ルーベンス様にエスコートされるべきだったんですよね?ごめんね。ルーベンス様の前を歩いてた。恥かかせちゃった」


「気にしないでって。俺は前を歩くメイリーン嬢を見るのは好きだよ。目的に向かって真っ直ぐ歩く姿はとても綺麗だ。でも、ここは敵地だからね。油断は禁物!ここにいる間は俺はメイリーン嬢のパートナーだからね!」

「ありがとう」

 メイリーンはルーベンスに手を軽く握り、誰にも分からない様にお礼をする。


 最近は、こうやって私を認めてくれるルーベンスを好ましく思う。年下で子供だけど、しっかりしてる彼を見てると私も頑張らないといけないと思う。たまに来る過度なスキンシップはどうかと思うけど・・。


 そう言えば、最近の姉様とシェリル様の様子も変だ。姉様がシェリル様を避けている感じがする。気のせいかな?


 メイドに案内された先は、アーマンディの部屋。その左右に続き間があり、向かって左がヴルカン姉弟、右側がメイドのネリーの部屋らしい。メイリーンはアーマンディと同じ部屋だ。


 メイドを帰し、アーマンディの部屋に入る2人が見たのは、ベッドに押し倒されたアーマンディと、押し倒しているシェリル。


 メイリーンの叫び声を手で塞ぎ、部屋の扉を静かに閉めたルーベンスは、自分で自分の行動を密かに絶賛した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る