第16話 グノーム公爵本邸(2)

「あ、あなた何を考えてるの⁉︎し、姉様、大丈夫?」

 ルーベンスとメイリーンが部屋に入っても、それでも事を進めようと続けるシェリルを、ルーベンスが引き離し、メイリーンはアーマンディの元に駆けつけた。


「あ、うん。平気かな?たぶん平気?」

 混乱するアーマンディを起こし、メイリーンは無事を確認する様にその頭を抱きしめた。


「シェリル姉、何考えてんだよ⁉︎」

 ルーベンスはシェリルを羽交締めしている。それを気にもせず、シェリルは呟く。

「もう少し遅く帰って来ると思ったのに。気が利かない弟だ」

 その言葉に拳で返事をするルーベンス。


「とりあえず、俺はシェリル姉を連れて部屋に行くから、メイリーン嬢はアーマンディ様をお願いできる?」

 頷く事でしか返事ができないほど、混乱してるメイリーンを気の毒には思うが、まずは元凶を引き離そうと、ルーベンスはシェリルを引きずりながら、続き間の部屋に入り、扉を閉めた。


 

 ソファにシェリルを座らせ、ルーベンスはその隣に座る。隣であればいざとなった時に止める事ができる。

「シェリル姉、なにやってんの⁉︎」

「・・我慢できなかった」


 落ち込みながらボソボソ話すシェリルに、お前は男か!と突っ込むべきか、慰めるべきかルーベンスは悩む。どちらにしろ理性のある人間のすべき事ではない。


「この間、湖で告白してキスしたんだ」


 また、解答の困る告白にルーベンスは更に混乱する。そもそも女同士だし、主従の関係だし、手は早いし、羨ましいし、脳筋だし!


「その時は受け入れられた気がしたんだが、その後から避けられてる感じがして、それで詰め寄ってしまった・・・」


 自分が姉の相談を聞いているのか、兄の相談を聞いてるのか分からなくなり、半パニックになる。


「さっきは『私の事が好きならこのまま』って言ったんだ。アーマンディ様は拒否しなかったし、だったら最後まで行こうと思ってたら、お前達が部屋に入って来て・・」

 

 なぜこの大事な行事の時にそれに及ぼうとしたのか、理解ができない。そもそも初体験が敵の本拠地って、どうなんだかも分からない。ルーベンスは痛む頭を抑えながら、冷静になる様に自分に言い聞かせる。


「アーマンディ様が私を好きなのか確信が持てないんだ。私はアーマンディ様以外には考えられないのに」


 今の言葉がシェリルの一番の不安要素なのだろうと、ルーベンスは分析する。普通の恋愛ではない分、偏見もあるだろうし、障害も多い。

 でも、自分と血が繋がった姉弟だ。俺だけは応援してあげないと、そう思うと心が少し軽くなった。

 ため息を一つ落とし、ルーベンスはシェリルの肩に手を置いた。シェリルは猫背になり、焦点の合わない目で床を見てる。こんなに自信の無さげな姉を始めて見る。


「だからと言って焦りすぎだろ?シェリル姉だって分かってるんだろ?もう少しゆっくり育んだらどうよ?アーマンディ様は鈍感そうだし!」


 ルーベンスの言葉を受け、シェリルは「そうだな」と呟いた。一安心してシェリルを見ていると、シェリルは自身の手を開いたり、閉じたりしながらじっと見ている。そして一言ポツリと漏らす。


「胸がなかった気が・・?」

「は?」

「随分と小さい胸だな?って?」


 再びルーベンスを見るシェリルの目は子犬の様にウルウルしてる。昔から姉のこの表情は混乱してる時の顔だ。そして自分の予想が当たっていた事をルーベンスは知る。とは言えど、言っていいのか分からない。そもそも姉はアーマンディが女だから好きなのか、それともアーマンディだから好きなのかも分からない。自分が混乱している事だけは、分かる。だから、自分でも良く分からない答えを出した。

「サラシでも巻いてるんじゃね?ほら、アーマンディ様の服って薄いし?」

「サラシ・・・。そうなのか?」


 このまま有耶無耶にする事が正解な気がして、ルーベンスは一気に捲し立てた。

「とりあえずあれだろ?アーマンディ様がシェリル姉を好きかどうか分からないって事なんだよな?アーマンディ様だっていきなり女性から告白されて困ってんだよ?混乱してるんじゃね?ましてや自分の騎士だしね!だからちょっと距離置いたら?押してばかりだと引かれるしね!ここで距離を離す事によって、アーマンディ様も気になったりするかも知れないだろ?どうよ!姉貴、この作戦!」

「・・・アリだな!さすがルーベンス」

「うん」

 とりあえず、脳筋で良かった。

 ルーベンスは心の中で呟いた。



 

 対するメイリーンはアーマンディに慰められていた。ルーベンスがシェリルを連れて行った後に、2人はソファに移った。泣きじゃくるメイリーンの肩を抱き、アーマンディは優しく声をかける。

「メイリーン、僕は大丈夫だから、泣かないで?」

「小兄様は人が良すぎるわ!レイプされかけたのよ⁉︎自覚して!相手が女の人だからって許しちゃダメ!」

「いや、レイプって大袈裟な」

「小兄様は事の重大さが分かってないわ!ベッドに押し倒されたのよ⁉︎レイプって言わないで、なんて言うのよ⁉︎」

「だって僕は嫌じゃなかったし?」

「は?」

「2人に見られて恥ずかしくなったけど、あのまま流されるのもありかな?とか思ってたし?」

 予想外の兄の台詞に、メイリーンの顔はトマトの様に真っ赤になる。兄の言う事が理解できないメイリーンはかろうじて声を出す。

「何言ってるの⁉︎小兄様。は、はしたないわ!」


「聞いてメイリーン」

 聞きたくないと首を振るメイリーンを無視して、アーマンディは続ける。


「この間、僕は湖でシェリルに告白されてキスされたんだけど、それが気持ち良かったんだ」


 兄の赤裸々な発言に恥かしさのあまり涙目になる。だが、夢の中にいる様にうっとりしながら話すアーマンディは気付かない。


「それからと言うものシェリルと会う度に、キスしてくれるかなぁって、思う様になったんだけど、女の人の口ばかり見るのは、やっぱり失礼でしょ?」


 そんな常識は持っていたのかと、誉めるべきかどうかも分からず、只々メイリーンは首を振り続ける。


「でも僕からしても良いのか分からないじゃない?だって、男からキスするって破廉恥でしょ?」


 だったら女からなら良いのかどうかも分からず、更に首の振りを大きくする。メイリーンの目からは先ほどとは違う涙が溢れてる。


「そんな事考えてたら、恥ずかしく段々シェリルの顔を見れなくなっちゃたんだ。そしたら今日、『私の事が好きならこのまま』って言われてさ。まぁ、いいかな〜って?」

「・・・・!!」


 こんな話をされるとどうして良いか分からない。自分はまだ15歳の子供だ。キスの単語すら言えないのに、この兄は呑気に自分の事を語る。まるで理解が及ばない!そもそもこれが妹に相談すべき内容かも分からない。余りにも首を振りすぎて、頭もクラクラするし、恥ずかしくて涙が出るし、小兄様は空気を読まないし‼︎


「どう思う?メイリーン。僕ってシェリルが好きなのかな?それとも欲望に流されただけ?」


 最後の発言まで無神経だ。あまりにもの質問に、メイリーンは立ち上がり、声の限りに叫んだ。

「小兄様のバカ!!」


 そのまま魔法を展開し、転移の準備をする


 メイリーンの叫ぶ声に気付いたのか、隣の部屋の扉が開き、ルーベンスとシェリルが姿を現した。

 小兄様の嬉しそうな、顔!シェリル様の事が結局好きなんでしょ‼︎


 その姿を見てメイリーンは魔法を実行した。3人を残して。

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