第14話 グノーム公爵家へ(姉の戦略)

「シェリル姉、アーマンディ様の部屋の前で何やってんの?」

「メイリーンに追い出された」

「それは、ご愁訴様」

 ニヤリと笑う弟に腹が立つ。昔はかわいかったのに、最近特に生意気だ。


 予定通りにホテルに辿り着いたアーマンディ一行は、そのまま各自で食事を取り、各部屋で寝る事になった。シェリルはアーマンディと同じ寝室を希望したが、メイリーンに追い出され、仕方なく隣の部屋で弟と寝た。翌日、朝の挨拶をしようと思ったら、メイリーンに部屋の前での待機を命じられた。

 なんて生意気な娘だと、腹を立てていたら、弟にまで嫌味を言われる始末だ。早くアーマンディ様に会って癒されたい。


「もうそろそろ出発の時間だろ?シェリル姉は下で準備してなよ。俺がエスコートするからさ」

「エスコートは私の役目だ!」

「いや、そんな言葉言ってる場合、、あ!」

「おはよう、シェリル、ルーベンス」

「「おはようございます。アーマンディ様」」

 私達の挨拶を聞いて、ニッコリ微笑むアーマンディ様。やはり私の愛した人は美しい。


 エスコートしながら、アーマンディ様を観察する。ガラス細工の様な繊細で儚い美しさに何とも言えない気持ちになる。

 ホテルの従業員も騎士団員も通りすがりの人々も、皆、アーマンディ様に見惚れている。気持ちは分かるが、あまり見るなとも言いたい。独占欲を隠したまま、馬車まで案内し、その横にいる赤毛の馬に乗り、出立の合図を送る。予定では今日は、湖での野営だ。備えは万全にしておきたい。そして上手くいけば、アーマンディ様と2人で湖を見物したい!!


 

◇◇◇



 私が剣を持ちたいと思ったのは、いくつの時だったか、それは忘れた。気が付いたら剣を持ち、戦う様になっていた。魔物を倒し、兄を制し、父を下した頃、女性からラブレターをもらう様になっていた。反対に男性からは恐れられる様になった。


 なんだかんだ言いつつ、私も女だ。将来的には家庭を持ち、子を産みたいと思っていたので、少し残念には思えた。でも、自分より弱い男は嫌だったので、矛盾してしている自分に自覚はあった。

 両親が心配しているのは分かっていたが、その内なんとかなるだろうと思っていた。その辺の適当な男と結婚しても良いし、他の公爵家の男と結婚しても良い。公爵家での狙い目はウンディーネ公爵家のカエンかな、とも思ってた。軟弱な顔は好みじゃないが、戦うと中々に強いらしい。


 そんな中、父から聖女アーマンディ様の就任の儀があるから、中央都市に行かないかと聞かれた。ヴルカン公爵家として、中央都市の行事に出席するのは80年降りだとか。

 元々カエンに興味があったので、興味半分で行く事にした。だがどうしてもドレスだけは着たくなかった。母が私にドレスに着せようと企んでいるのを知り、ファンクラブに相談した所、いつの間にか出来ていた中央都市のファンクラブが請負ってくれる事になった。

 私と言う存在を崇める女子と言うものは中々に恐ろしい。だが、かわいい者だとも思った。だからと言って恋愛対象にはならない。向こうも私を偶像の様に慕っているだけだという事が分からないほど、馬鹿じゃない。


 だが、そんな適当な気分で出席した『聖女の儀』で、運命的な出逢いがあった。



 大聖堂で行われた『聖女の儀』で、来賓席に座っていた私が見たのが、アーマンディ様だった。その余りの美しさに時が止まり、やっと動き出したのは、アーマンディ様がスピカ様の光を召喚した後だった。

 これがヴルカン公爵一族特有の『一目惚れ』かと思うと、その威力に降参するしかないと思った。

 

 ただ同時に困りもした。女同士だと結婚ができない。しかも相手は聖女だ。世間的に差し障りもあるだろう。そして一番悩んだのが、子供だ。

 年が離れて産まれた弟を鍛えるのが楽しかったので、自分の子供を一から鍛えてみたいと思っていた。だから適当な男と結婚すれば良いと思っていた。

 だが、気が狂いそうなくらい惚れてしまった自覚はあるのでそこは諦めた。養子をもらえば問題ないと、勝手に人生設計を立てた。


 夢を諦めるくらい惚れてしまったからには、彼女を落とすしかないと考え、接触の機会を探す為に夜会に出る事にした。気配を察知したルーベンスがあからさまに絡んできたので逃げ出し、会場でアーマンディ様を探す。兄がダンスに誘っているのを見つけたので、文句を言おうと近付いたら、身長を理由にカエンに断られてた。

 これ幸いとアーマンディ様をダンスに誘ったら、花が綻ぶ様な笑顔が返って来た。


 エスコートのために差し出した手に、乗せられた彼女の手は華奢で綺麗だった。更にその手に口付けした時、背中に悪寒が走った。


 女性にしては高いが、高すぎる私と並ぶと丁度バランスが良く思えた。

 ダンスの為に抱いた腰は細く、力を入れれば壊れそうだった。踊り終わった時には、もう離れない事を決めた。


 とは言えど女同士だ。まずは騎士の宣誓を行い、徐々に距離を詰めていこうと戦略を練った。幸い私は女子のファンクラブができるくらい、女にモテる。女子のトキメキの壺も押さえてる。なんとかなるだろう。


 儀式の翌日、アーマンディ様の部屋に伺った際には、すっかり寛いで素の彼女の姿を見せてくれた。『僕』と言う一人称はかわいく思えたし、ナルシストな台詞もこの美しさであれば仕方ないと思えた。恋の魔法は恐ろしい。彼女の全てを肯定する事しかできない。


 とは言えど、やっぱり女同士だ。アプローチもどうしたら良い物か分からない。まずはどこまで接触を許して貰えるのかと思い、髪を結いたいと言ったら、あっさり許可が降りた。次に髪に口付けをしたが、気にも留めてない風だった。これは長丁場になりそうだと覚悟し、ゆっくりゆっくりスキンシップを増やしていった。


 メイドのネリーの目を盗み、彼女の額に口付けを落とす。「お休みのキスだ」と言えば簡単に納得された。どこまで行けるのかと思い翌朝、頬にキスを落とした。「おはようのキスだね」と受け入れられた。


 彼女は恋愛に疎いと言うより、恋愛自体が分かっていない様な気がする。まるで赤ん坊を相手にしている様で、たまに罪悪感に囚われる。

 でもこちらは触れたくて仕方ないので、罪悪感は無視して、どこまで行けるか試してみようと思っていたら、この旅だ!女神スピカ様が与えて下さった絶好の機会だと思い、ヤれるところまでやってやろうと人知れず決意した。




◇◇◇◇◇◇



「綺麗な湖だね!シェリル」

 そして女神スピカは、シェリルを支持しているらしい。皆がテントを張っている途中、シェリルはアーマンディを湖に誘う事に成功した。周りの気配を探っても、周囲に人はいない。ここが勝負所だと、シェリルは覚悟を決めた。


「湖に入っては行けませんよ。私がネリーに怒られてしまう」

「大丈夫だよ~。僕だってその位は分かってる」

 膨れる彼女をかわいいと思い、抱きしめて全てを奪いたいと思う。そんな欲望が自分にあるとは知らなかった。


「シェリル、お花が咲いてるよ。なんて花かな?」

 湖の側の小さな花畑に座り、その花びらを触る彼女に近付き視線を合わせた。何一つ疑わず、動揺すらしない彼女に罪悪感が湧くが、無視する事にした。今以外にないと思い、実行する事を決めた。


 いつもの様に彼女の髪を触り、そこから手を頬へ移し、手始めに額に軽くキスをする。

「お休みなさいには早いよ?シェリル。それとも昨日の分?」

 その言葉を頷く事で返し、次に頬にキスをする。

「では、これは今朝の分ですね」

「変なシェリル」

 更に笑う彼女の口元に直前まで近づき、触れる手前で声をかけた。

「アーマンディ様、止めないんですか?」

「え?」

 疑問文は肯定とみなし、彼女の口に口で触れる。想像より硬い唇から離れ、両目を見開いた彼女をまっすぐに見る。

「今のは愛情の証です」

 

 アーマンディはシェリルからの視線を逸らし、片手で自身の唇を触り、もう一度、シェリルを見た。あからさまに動揺している。だが、その動揺を自分が与えたのだと思うと、シェリルは嬉しくなる。


「愛情?」

「嫌でしたか?」

「驚いて、分かんない。嫌とかも分からないかな?」

 いつも真っ直ぐ人を見るアーマンディが、左右に目を泳がせている。更に心の奥がざわめいて、なんとも言えない感覚が押し寄せてくる。おそらく、もう止められないとシェリルは決心する。


「そうですか。では次はもう少し長くしましょう」

「待って!シェリル!」

 次は拒否されると思ったので、彼女の首に左手を回し、思いっきり抱き寄せる。右手で彼女の顎を掴み上を向けさせた。その瞳に恐怖の色があったら、諦めようかと思っていたが、そんな風には見えなかった。

「愛してます。アーマンディ様」


 口付けは拒否されず、すぐに離れる事はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る