第13話 グノーム公爵家へ(弟の初恋)
ヴルカン公爵家は基本脳筋だ。俺はその血が流れていないかと思っていたけど、そうじゃないらしい。
アーマンディの行幸は工程通りに、初日の昼食予定地ヒージー市に辿り着いた。皆が貸切しているレストランで食事をしている中、ルーベンスは姉を見つけ、背後から近づいた。
「シェリル姉、交代の時間だよ」
「ルーベンス、どうした?浮かない顔だな」
意外に気が利く姉からの言葉に、別にと言って返す。
シェリルとは朝昼交代制で、この行幸の指揮をしている。基本的にシェリルが午前中、ルーベンスが午後だ。
「やっとアーマンディ様の近くに行ける。あのメイリーンとか言う妹が、私を指揮隊長なんぞに任命するから、離れ離れだ!忌々しい!」
「シェリル姉、今回は聖騎士団と王公護衛騎士と2公爵の4部隊の編成だぜ?本来なら、ヴルカン公爵家も騎士団を送らなきゃいけねーの!共闘してるんだから。それを、俺らが指揮する事によって、ヴルカン公爵家もこの御幸に同行してるって言う建前が取れるの!メイリーン嬢は俺らの顔を立ててくれてんの!」
「建前だなんだ五月蝿い!私はそういうのは考えられない。ルーベンスお前がやれ!」
「だからやってんだろ。いい加減にしろよ」
怒り顔のシェリルに対し、ルーベンスは天を仰ぎ見る。シェリルを相手にするには、冷静さが必要だ。
「とりあえず、アーマンディ様の所に行きなよ。俺が後はやるから」
飛ぶようにアーマンディの元へ向かう姉を見て、ルーベンスはため息を漏らす。
(脳筋が羨ましい)
アーマンディやメイリーンは別室で食事中だ。厳重に守られている事を確認して、姉を呼びに来た。正直あそこには居たくない。
ため息をつき、レストランの外へ向かう。状況確認と言う言い訳だ。
ヴルカン公爵一族は良くも悪くも、本能で生きている。その脳みその80%は戦う事で占めていると言っても過言ではない。食事よりも睡眠よりも、異性よりも戦いを優先する。戦闘公爵と揶揄されても仕方ない。
そんな一族だから、往々にして結婚は遅い。父は40歳の時に、街でアイスを食べていた母(当時20歳)に一目惚れし、土下座して結婚してもらったと言う。ヴルカン公爵一族には、そう言う事が多々ある。一族にかけられた『呪い』の様な物だと、ルーベンスは思う。その運命の相手に出会わなければ、恋愛なんてしたいとも思わないのだ。子孫を残すと言う義務が辛うじてあるのが、まだ救いだ。それが無ければ、とっくに滅びてる一族だ。
外に出たルーベンスはアーマンディが乗る馬車を見る。馬車を引く白馬は、馬丁が用意した水を飲んでいる。その横にいる黒い馬が、ルーベンスが乗る馬だ。
たてがみを撫で、過去に心を馳せ、落ち着こうとする。
戦う事しか考えてないヴルカン公爵の管理は執事がしていた。10歳の時に、その不正をルーベンスが暴いた事で、今のヴルカン公爵家の管理はルーベンスの仕事だ。文句を言ったが、向いてる者がやるべきだ!と父に言われ、諦めてそのままやり続けてる。
元々、ヴルカン公爵領は温暖な南にある。横領をされても、赤字の派遣要請に応えても、赤字にならないほど潤沢だった資産が、ルーベンスが経営を始めて一気に倍になった。
戦闘面でも、その実力は皆が認めている。
一対一の戦いではルーベンスは父にも兄達にも勝っている。勝てた理由は簡単だ。彼等は力ずくで直線的な攻撃しかしない。ちょっとした戦略を立てればすぐ勝てる。勝てないのは、姉のシェリルだけ。あれで意外に戦略にだけは明るい。
本も好きだし、勉強も好きだ。あまりにも家族と違うので、自分だけ貰われてきたのでは?と思う事もあった。が、一番上の兄とそっくりな自分を見ると、それもあり得ないと思う。
そんな自分が、一目惚れをしてしまうとは・・。ある意味、ヴルカン公爵家特有の恋愛方法。一目惚れ。自覚してしまうと、さすがのヴルカン公爵一族も戦うのをやめるという『一目惚れ』
戦闘バカだったシェリルが、アーマンディの元に居続けるのもこれのせいだ。恐ろしいと思っていたのに、まさか自分に降りかかるとは。
冷静になろう思い、ルーベンスは空を仰ぐ。
(彼女の瞳の色だ)
彼女と会ったのは、3日前だ。カイゼル公爵に、『娘のメイリーンだよ』と紹介された時には、好きになっていた。
ウンディーネ公爵家特有の銀の髪。肩で切り揃えられた髪は貴族らしくないが、彼女らしく思えた。少しきつめな、だけどパッチリした晴れた空の様な瞳、桜色の唇。15歳にしては小さめな背。気の強い話し方。少し高い声。
「ルーベンス様?」
(そう、こんな心地よい声)
「ルーベンス様!」
肩を叩かれ振り向く。目の前に空色の瞳が飛び込んで来る。
「どうしたんですか?食事もほとんど取らないで、シェリル様と代わったりして。調子が悪いのであれば、午後からも馬車にいますか?」
そんな所まで見てくれていたのかと嬉しくなる。恋は恐ろしい。いつもは饒舌な自分が話すこともできない。
「聞いてます?私の事が嫌いでも、仕事はちゃんとして頂かないと」
「え⁉︎嫌いって、なんで・・」
真逆な事を言われて焦る。そしてらしくない自分に動揺する。これでは年相応の少年の様だ。その動揺を知らず、メイリーンは俯き加減で微笑んだ。
「私は公爵令嬢らしくないですからね。髪も短いし、魔塔にいるし、変わり者の頭でっかち令嬢って言われてるのは知ってます。男性は姉様みたいな感じが好きなんですものね。分かっていても、姉様みたいになる気はないから、だから可愛げがないんでしょうけど」
「いや!待って。メイリーン嬢が変わってたら、シェリル姉はどうなんの⁉︎俺は、メイリーン嬢がかわいくて、だから話しかけれなくて・・・」
言ってる途中で、まずい事に気付き、手で口を塞ぐ。メイリーン嬢は頭の回転が速いから気付かれるかも知れない。
「確かにシェリル様に比べたら、私の方がマシね」
そう言ってクスクス笑う姿に、心臓が飛び跳ねそうになる。本当に恋愛と言うのは恐ろしい。
「嫌いじゃないなら、仲良くして欲しいです。私、ヴルカン公爵の魔法とか色々聞きたいんです」
そして、アーマンディと同じ鈍感さを見せながら笑うメイリーンを憎めない。これがウンディーネ公爵一族の特徴かと思うと、嬉しいのか哀しいのか分からなくなる。
だが、だったらヴルカン公爵の特徴を全面的に打ち出そう。欲しいものは何としてでも手に入れる、執着心がヴルカン公爵一族の特徴だ。
今までの情けない姿を打ち消す様に、ルーベンスは笑った。極上の獲物を見つけた獣の目だ。
「俺も仲良くしたかったんだ!建国王の事とか知りたくってさ」
手を差し出すと、メイリーンはその手を握った。握手の形。
「父様が言ってたわ。私の研究テーマよ。よろしくね」
握手された手を、口元に持って行き、その手に口付けを落とす。赤くなる顔を見てホッとする。
(アーマンディ様より、楽そうだ)
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