第12話 グノーム公爵家へ(妹の愚痴)

「あの洋服かわいくない?メイリーンに似合うと思うよ?」

「姉様、カーテン捲らないで。はしたないわ」

「だって、メイリーンは最近はずーっとその魔塔の服でしょ?かわいくないよ。メイリーンはかわいいんだから、違う洋服を着ようよ!」


 メイリーンはアーマンディに指摘された自身の服を見る。名誉ある魔塔の制服は白いシャツと紅色のズボン、黒い腰までのマント。マントを止めるブローチは、自由の象徴として、鳩が彫刻されている。確かに地味だけど、自分にとっては誇れる制服だ。頑張って、魔塔に入った努力の成果でもある。マントの端を掴みメイリーンが力いっぱいアーマンディを睨むと、アーマンディは馬車のカーテンを閉めた。舌を出しながら。


「まだ1日目なのよ。姉様、私をこれ以上疲れさせないで。だから姉様と行くの嫌だって、父様に言ったのよ」

「じゃあ、なんで来たの?」

「姉様がシェリルって人に襲われない様によ!」

 メイリーンは立ち上がり、そのままの勢いでアーマンディに向かう。


「そもそもなんなの⁉︎あの人は!姉様をべたべた触って、髪とかキ・・なんか事ある毎に触ってさ!姉様も辞めさせなよ!」

「ヴルカン公爵家では、髪へのキスは尊敬の証だって言ってたよ」


 恥ずかしくて出せなかった言葉を、飄々と吐くアーマンディに更に腹が立ち、叫ぶ。

「そんな訳ないでしょ!姉様は騙されてるの!」

「大丈夫だよ〜」

 メイリーンが怒りに震えても、アーマンディは変わらずニコニコしてる。

「もういい!!」


 音を立てて座ったメイリーンの、横にいるルーベンスが、小さな声で謝罪する。

 メイリーンはそれを無視する様に外を見る。カーテンは開いてない。だから厚めのカーテンの柄を見るしかない。

 

 魔塔で研究をしていたら、父様に呼び出された。小兄様がグノーム公爵家に行かなければいけないって言うから、守るつもりで家に帰って来た。なんだかんだ言っても私は小兄様が大好きだ。だから帰って来た時に、愕然とした。小兄様があのシェリルって人とイチャイチャしてるのを見て!


 シェリルって人は家の中でも、小兄様をエスコートしてる。

(家の中で必要ないじゃない!)


 いつも一緒にいるし、距離も近い。

(護衛ってそんなぴったりくっついてるものじゃないでしょ!)


 所構わず、小兄様の髪にキスをする?!

(意味が分からない!)


 それらを見て、正直なところ魔塔に帰りたくなった。でも小兄様を守らなきゃ、って思って、頑張って残ってるのに、小兄様は呑気にヘラヘラしてるし、服もケナすし、嫌になってくる。もう、帰ろうかな。


「メイリーン嬢の服は、頑張った証ですよね。俺は素敵だと思いますよ?」

 ルーベンスの言葉に、カーテンから目線を移し、その声の主を見る。真っ赤だ。

「あ、俺に言われても嬉しくないかも知れないんですが・・・」

「・・・ありがとうございます」


 ルーベンスの言葉に怒りが冷めた。残念ながら馬鹿につける薬は開発できてない。冷静になろう。


 中央都市ミネラウパを出てグノーム公爵本邸に向かうこの行幸の工程は5日だ。冷静にならなければ、進めない。

 同行者は、小兄様、メイリーン、聖女の騎士シェリル、その弟ルーベンス、アーマンディ専属メイド、ネリー・モーザ。他に聖騎士15名、ウンディーネ公爵騎士15名、シルヴェストル公爵騎士15名、公王直属護衛騎士15名、その他侍従雑用係などを合わせて、100名以上での旅路になる。

 今の馬車の中は、アーマンディ、メイリーン、メイドのネリー、そしてルーベンス。ルーベンスとシェリルは交代で、全体の指揮を取る。


(父様はルーベンス君と気が合うって言ってたけど、全然喋ってくれない)

 

 年下の男の子と言う事で期待していた。13歳と聞いていたし、実は弟にも憧れていたから色々おしゃべりできれば、と思ってた。でも、実際は顔を赤らめてばかりで喋ってくれない。


 ちらっと横目で見る。

 ヴルカン公爵家特有の黒い髪と、血のような赤い目。13歳と言う割に身長は高い。顔は、好みかも・・。全体的に短く切られた少し多めの髪は、くせっ毛で所々跳ねている。少し吊り上がった大きめ目は、少年らしさを残している。将来的にはかっこよくなるだろう。女の子にモテそうだ。ヴルカン公爵家の赤い騎士服が良く似合う。


 彼に比べると、自分の地味さが嫌になる。 


 兄様や小兄様が極端に綺麗な顔をしてる中、残念ながら自分は違った。かわいいと言うより、平凡と言う意見が正しいと思う。魔力量も平均よりは多いけど、兄達に比べたら、劣る。頭は良いと言われてるけど、それだけだ。むしろ魔塔に入ったお陰で、頭でっかちの令嬢と揶揄されているくらいだ。

 

 私はウンディーネ公爵本家唯一の女だ。私が産まれた時、聖属性の力がない事で、大人達は喜びよりも落胆を顕にしたと聞いた。そんな中、両親と兄妹だけが喜んでくれたらしい。実際、とても可愛がってもらった。

 特に小兄様は、何でも一緒にしてくれた。おままごとやお人形遊びにも付き合ってくれた。寝れない時には一緒に寝てくれた。勉強も教えてくれた。大好きだった。


 でも大人達が言う。

『この子に聖女の資格があったら良かったのに』

『せっかく女の子なのに、上手くいかないものね』

『顔も能力も平均ね。兄2人に全てを持っていかれたのね』


 同年代の子供達も言う。

『お兄様に比べると普通ね』

『お姉様の元気を全て奪ったのね』

『聖女の妹なのに、聖属性持ってないんだ』


 隠れて泣いていると大抵、母様が見つけてくれる。そして、ごめんねって言う。謝って欲しくないのに・・・。


 だから切り替える事にした。切り替えて勉強をした。そこで、建国王の伝記に出会った。5属性持っていたと言う建国王。

 そもそも基本の4属性、火、水、風、土は得て不得手があるのみで、皆使える。私は水属性が得意なウンディーネ公爵と風属性が得意なシルヴェストル公爵家の子だから、得意とするのは風属性だ。では次に得意とするのが水属性かというと、そうではない。実は土属性だったりする。だったら、潜在的に聖属性を持っていても良いんじゃないかと、研究を始めた。そしてその結果に至るまでの工程でできた成果が認められ、魔塔に入る事ができた。ただ、最近は壁にぶつかり遅々として進んでいない。何かが足りないのだ。何かが・・・。



「アーマンディ様、そろそろお時間です」

 メイドのネリーの声で我に返る。ネリーは荷物の中から箱に入った水晶玉を取り出した。


「姉様、それがこの国を守る結界の大元の護国水晶玉?」

「そうだよ。これに聖属性の力を注ぐ事により、スピカを守るそれぞれの水晶玉に力が伝達され、安全に暮らせる様に結界を張ったり、魔物の弱体化を図ったり、安定した環境を保ったりしてるんだよ」

「あれでしょ?うちの領地にもある護領水晶玉の大元よね?姉様がこれに力を注げば、うちの領地にある護領水晶玉にも力が満ちて、そこから各町や村にある地域の水晶玉に流れるのよね?」

「そうだよ。見ててごらん」

 アーマンディが護国水晶玉に手を翳すと、護国水晶玉が淡い光を放ち、やがて光り輝く。心がほぐされる様な柔らかな光。


「建国王の息子シュルマが作った物ですよね?いったいどんな原理なんでしょうか。1000年経っても、カラクリが分からないなんて、ってあの、め、メイリーン嬢、ち、近いです」

「あ、ごめんね?ルーベンス様が姉様との方が気さくに話してる気がして」

「その、大丈夫です。ただ、もう少し離れて欲しいんですが」

「・・・分かったわ」

 メイリーンは再びカーテンの網様を見始める。後ろにアーマンディとルーベンスの話す楽しそうな声が聞こえる。


 カーテンを見ながら、メイリーンは頬を膨らませる。

(結局、男って小兄様みたいなのがタイプなのね!)


 怒るメイリーンには、ちらちら見ているルーベンスを気付く事ができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る