第10話 王公会議

 スピカ公国では月に一度、王公会議が行われる。公国王フェランを中心にグノーム公爵家当主アトス、シルヴェストル公爵家当主ケイノリサ、ウンディーネ公爵家当主カイゼルが集まるのが通例だ。

 そして今回初めて出席するのが、ヴルカン公爵家当主代理ルーベンス。


「公国建国以来この王公会議に出席した事がないヴルカン公爵家の代表が、この様な子供とは、さすが最も魔物が多い南を守る公爵家ですな」

 グノーム公爵家当主アトスは伊居太に、ルーベンスを見る。

 大人気ない事だと、カイゼルはため息を漏らす。だが、ルーベンスには頑張って貰わなければならない。


 王公会議が開かれるミネラウパ城に向かう馬車の中、カイゼルはルーベンスと話をした。普段のルーベンスは13歳にしては、少し大人びているが、普通の少年だ。カイゼルと話す時にも、少し乱暴な敬語で話す。ヴルカン公爵領で子供の頃から、傭兵と共に戦っていたのでは仕方ないとも思う。だが、王公会議では、それが足を引っ張りかねない。

 本人にそれを言ったら、「大丈夫ですよ。やれば出来るんで」の一言で終わった。自身の息子でもないから、強くも言えず、不安な気持ちを残したままだ。



「確かに過去ヴルカン公爵当主は、王公会議へ出席した事はありません。ですが、代理は何人か出席していますよ。もちろん、私ほど若い者はいませんが・・・」

 自分はまだ13歳。一般的には子供だ。だからこそ都合が良いとルーベンスはいつも考えている。

「若輩者につき、ご指導頂ければとは思いますが、侮られる事は我慢できません。ヴルカン公爵家を馬鹿にされるのであれば、私にも考えがありますよ」


「子供を代理として、出席させるのがおかしいと言っておるのだ。ヴルカン公爵家の常識を疑って何が悪い!ここはおままごとを行う場所ではないのだぞ!」

 アトスが唾を飛ばし気味に憤る。


 それを受けて、ルーベンスは冷たい視線を送る。このアトス公爵の様な小物相手は楽だ。子供の振りで誤魔化すのは簡単だが、ここは王公会議。マウントを取る必要もあるはずだ。軽くため息を付き、ルーベンスは決意する。


「グノーム公爵家の意向は分かりました。ではヴルカン公爵代理として、そちらの領への兵隊派遣は来月までとします。ちょうど、今月が更新時期でしたので、タイミングが良いですね。契約更改の書類はこちらに持ってきていますが・・」

 そう言ってルーベンスは、これ見よがしに丸められた書類を広げる。


「自領は自領で守るべきですし、確か姉より素晴らしい騎士もいると、先日の夜会でおっしゃってましたものね」

 

 グノーム公爵家は自軍が戦う事を良しとせず、ヴルカン公爵家に頼っていると言う話は良く聞く話だ。

 頼る理由も情け無い。グノーム公爵家は聖女の誕生を願い、多くの側室を持ち多くの子供を持つ。育った男の子達には役職が必要だ。結果、先祖代々使えてくれた者たちを、降格、最悪は解雇し、子供達に役職を与えた。その結果、自軍は弱体化し、政治は腐敗していった。聖女の守護があっても、やはり魔物は出没する。それら倒す為に、グノーム公爵はヴルカン公爵家に派兵を依頼しているのだ。


「いや!それは、我々はちゃんと金をお支払いしてるではないか!」

「我がヴルカン公爵家は財政は潤沢です。この程度の派遣費用など必要ないのですよ。ただ、隣の領の誼で助けていただけ」

 ルーベンスは契約書に息を吹きかける。端からゆっくり燃える契約書。


「私の様な若輩者から言われるのは、堪えるでしょうがこれも教訓です」

 燃え尽きた契約書はただの灰になり、空に消える。

「勝てない相手に喧嘩を売らない事ですね」

 少年らしい少し高い声で、だが侮れない態度で、ルーベンスは完全に優位に立った。

 

 確かにやれば出来るな、とカイゼルはほっとする。


「話がついた様だな」

 沈黙を決め込んでいたフェラン公王が声を発する。そのままアトスを見て言う。

「アトス公爵、当面は王公騎士団をお貸ししよう。その間、事態の収拾を図る様に」

 次にルーベンスを見る。

「其方はまだ若い。年長者を見習う事も弁えよ。また、領間の取り決めを感情で破棄する事は後々の問題になり得る。慎重に考えるべきだ」


「お言葉を返しますが、この派兵契約金は端金でした。ヴルカン公爵家は派兵する度に赤字を強いられていました。それをここまで続けたのはヴルカン公爵家の誠意ですよ。勘違いしないで頂きたい」


「承知した。詳しい状況を知らぬのに口出したな。申し訳ない。だが、アトスは儂と同じ母を持つ兄弟だ。感情的になってしまったのを許して欲しい」

「いえ、こちらこそ若輩者が失礼致しました」

 アトスはただの馬鹿だが、フェランは伊達に公国王をやっていないのか。俺に謝りやがった。

 ルーベンスは心の中で歯噛みした。


「では話が纏まった所で、各地の状況から報告してもらおう」

 フェランの進行の元、会議は進められる。その後は淡々としたものだった。各地の作物の出来高及び経済状況、魔物の出現状況、周辺国の状況。


 会議が終盤に差し掛かった際に、改まった様子でアトスが切り出した。


「私の息子のトゥール小公爵に、授かった女の子が聖属性を持っていると神官が見立てまして、聖女アーマンディ様の最終判定を頂きたく思っております。聖女アーマンディ様の派遣を要請致します」


 ここで来たか、とカイゼルは息を飲む。アジタート様が何度か対面の申請をしているが、拒否されたと聞いている。その理由はアーマンディを自領へ呼び寄せる為だった様だ。


 カイゼルは改めてアトスに向き合う。

「ご存知の通りアーマンディ様は身体が弱く、今も聖女の様々な職務を我が屋敷で行なっております。グノーム公爵領に赴くのは厳しいと思われます。その子供を連れて来るのは不可能ですか?」


「カイゼル公爵、残念ながらアーマンディ様同様で孫も体が弱くて弱くて。旅に出るなど不可能な様子だ。アーマンディ様の夜会での様子を見るに、当家にいらっしゃるのは難しくない様に思えますが?」

「聖属性の女子が産まれた場合は、聖女が確認に行くのは通例のはず。儂も夜会でアーマンディ様を見たが、実に楽しそうに女騎士と踊っていたではないか。カイゼル公は娘が心配のあまり、周りが見えなくなっているのではないかな?」

 さすが兄弟なだけあり息もぴったりにカイゼルを攻め立てるフェランとアトス。それを見て、ルーベンスも助け船を出す。


「私は現在、ウンディーネ公爵別邸に厄介になっておりますが、確かにアーマンディ様はお体が少し弱いご様子です。中央都市ミネラウパから、グノーム公爵領のある本邸までは5日程かかるでしょう。長旅は精神的負担は多いかと」


「だから体の弱い赤子を移動させろと?随分と無茶をおっしゃる」

「その様な事は言ってませんよ。アトス公爵。例えば、もう少し時期を見計らってはいかがですか?アーマンディ様は聖女に就任されたばかりです」


「お若いルーベンス公爵代理は知らないでしょうが、明日明後日と伸ばし続けた結果が今の状況ですよ。高齢のアジタート様をいつまでも聖女として縛り付け、酷使し、アーマンディ様を甘やかす。病弱だとおっしゃるが、どこまでが本当か分からない。逆にルーベンス公爵代理に伺いたいですな。アーマンディ様はどこがお悪いのでしょうか?何か外に出せない理由でもおありですか?」


 ルーベンスは口を紡ぐ。何故なら現在アーマンディと一緒に暮らしているからこそ分かる。どこにも異常が見当たらない事が。3食しっかり食べて、公爵別邸を歩き回る。むしろ健康ではない部分を探すのが難しい。

 打ち合わせが必要だったな、ルーベンスはカイゼル公爵を見る。ウンディーネ公爵家がアーマンディについて、何か隠している事は分かってる。だが、遠慮があり聞けなかったのは事実だ。


「では多数決で決めたらどうだろう。今までの王公会議は4人だったが、今は5人だ。奇数になったのであれば問題ないだろう」

 アトスに提案に皆が頷く。


 ヴルカン公爵、シルヴェストル公爵はこちらの味方だ。むしろありがたいとほくそ笑んだのは、カイゼルだ。

 だが、聖女派遣に賛成したのは3人。

フェラン大公、アトス公爵、最後の一人はシルヴェストル公爵当主ケイノリサ。


「決まりだな。聖女アーマンディ様には早めの行幸をお願いする」

 フェラン公王が締め、王公会議は終了した。


 フェラン、アトスと退出する中、カイゼルはケイノリサに声をかける。


 それを横目に見ながらルーベンスは呟いた。必死だな、と。

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