第9話 カエンは胃痛を自覚する

「アーマンディ。お前は騎士って言うのが何か分かっているのか?」

「騎士って僕を守ってくれる人でしょ?僕ってさ、男だけじゃなくて、女の人まで虜にしちゃうんだね。自分の美貌にびっくりだよ!兄さんもそう思わない?」

 頭を抑えるカエンを無視し、アーマンディはニコニコした。


 色々想定外な事が起こった夜会が終わり、屋敷に帰った後、説教をする気満々のカエンを無視し、アーマンディは寝る事にした。朝起きた時に、父親から部屋の引っ越しを命じられ、慌ただしく部屋の片付けをするメイド達の動きを追っているとカエンに捕まった。


 朝ごはんを食べた後で良かった。とアーマンディは思う。カエンの説教は長い。もちろん、自分を思って言ってくれているのは分かる。でもとにかく長い。聞いてられなくて、茶化したりするのが悪いのも分かってる。でも長いから、そうするのだという事も分かって欲しい。


「僕が部屋を引っ越すのもシェリルが関係あるの?」

「そうだ、シェリル嬢はお前の騎士だ。当然の様に寝食を共にする事になる。お前専属のメイド、ネリー・モーザよりも、一緒にいる時間は長い。ネリーの部屋はお前と繋がっているだろう。同じ様にシェリル嬢にも必要になるから、お前が引っ越すんだ。3部屋の続き部屋があったから良かったが、無かったらお前はシェリル嬢と一緒の部屋で過ごす事になったんだぞ!理解しろ!!」


「別に一緒の部屋で良いんじゃない?」

「着替えとか風呂はどうする気だ!男だってバレるぞ!」

「兄様、僕は昔から言ってるでしょ?僕はこんなに綺麗なんだよ?こんなに綺麗な僕が聖女なんだから、男とか女とかどうでも良くない?」

「顔なんて皮一枚の紙一重のものだろう。しかも今は男と女が同じ部屋で過ごすなって話をしてるんだ。論点をすり替えるな!」


「シェリルが僕を襲うって言うの?シェリルは僕の騎士だよ」

「つまり逆はないって事だな。そこは安心したよ」

「シェリルは魅力的だけど、僕には分かんないや。誰か一人を特別に思う・とか、気になる・とか」

 

 そうか、と一言漏らしカエンはアーマンディを見た。アーマンディは恋愛感情を知らないだけなんだろう。ただ、ずっと家で守られて育った為、他人との触れ合いを知らず、そこに至る事がなかっただけだ。真綿に包む様に育てた両親や祖父母、アジタート様の教育を間違っていたと思う日が来るとは・・・。


 だが、今知らないからと言って、今後も知らないとは限らない。ましてや(見た目はちぐはぐでも)男女の仲だ。火がついてしまえばあっという間だ。しかも相手は見るからに肉食系女子。食うのか食われうのか良く分からない。


「アーマンディ、シェリル嬢の前では猫被りをやめろ。どうせ、これから長い付き合いになるんだ。隠しておくのも大変だろう」

「本当!やった!あの聖女演技疲れんだよね。兄様、大好きありがとう!」


 アーマンディに抱きつかれ、その背中を叩きながらカエンは付け加えた。

「ただし男である事はバラすなよ」


 このナルシスト振りを見せればシェリル嬢も呆れるだろうと心の中で計算をしながら。



◇◇◇



 カエンはルーベンスを連れ、アーマンディの新しい部屋へと移動した。


(上手くいけばシェリル嬢がアーマンディに愛想を尽かしているかも知れない)

 だが、期待というものは相応に打ち砕かれることが多い。


 ノックして部屋に入ったカエンが見たのは、鏡台の前でアーマンディの髪に櫛を入れるシェリルだった。

「兄様!シェリルが髪をやってくれるって。同じ髪型にするんだよ!」

「アーマンディ様の髪は美しいですね。とても良い触り心地です」

「うん、僕の髪って綺麗でしょ?僕ってさ、全てが綺麗だと思うんだよね!」

「そうですね。アーマンディ様の全てが愛おしいです」


 そう言ってアーマンディの髪に口付けを落とすシェリルの姿に、カエンが衝撃を受ける。横にいるルーベンスはどこ吹く風で、アーマンディに近づく。


「聖女様、昨日振りです。覚えてますか?」

「シェリルの弟のルーベンスでしょ?覚えてるよ」

「アーマンディ様は、自分の事を『僕』って言うんだね」

「僕って言っちゃダメかなぁ?」

「なんで?僕っ子良いんじゃないですか?かわいいですよ」

「え⁉︎かわいいって初めて言われた!」

「聖女様してる時は、綺麗で近寄り難かったけど、俺はこっちの方が好きですよ。かわいいし」

 ニコニコ笑いながらルーベンスは、アーマンディの頭を撫でる。アーマンディは嬉しそうに笑う。


「ルーベンス!アーマンディ様に何してるんだ」

「シェリル姉は黙ってなよ。アーマンディ様は嫌がってないでしょう。ね?アーマンディ様」

「嫌じゃないよ」

「ほうら、ね!アーマンディ様、俺も今日からこの家に厄介になるんで、よろしくお願いします」

「そうなの?よろしくね。部屋はシェリルと一緒?」

「そうですよ。仲の良い姉弟なんで」

 そう言って、アーマンディの髪を取り、姉に見せつけるように口付けを落とす。

 シェリルはそんな弟を睨みつける。


「その髪にキスするのは、ヴルカン公爵家の癖なの?シェリルもしてたよ」

「そーですよ。アーマンディ様、尊敬している証です。俺も姉もアーマンディ様を慕っているので。ねぇ、シェリル姉!」


 その目で憎々しげにルーベンスを睨みつけながら、だが口は笑顔でシェリルは言う。

「お前は、ヴルカン公爵領に帰ったらどうだ?」

「俺はヴルカン公爵家代表でここに残ったんだよ。シェリル姉はアーマンディ様の騎士、俺はヴルカン公爵家の代表。役割が違うんだよ」

「じゃあ、別の部屋を用意してもらったらどうだ?」

 

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ルーベンスは座るアーマンディの横に跪き、子犬の様に目をウルウルさせながら、アーマンディを見上げる。

「アーマンディ様?一緒に寝ちゃダメ?俺まだ13歳だし・・知らない家で一人で寝るの怖いよ」

「そうなんだ。確かに心細いよね。分かるよ。うん、良いよ。一緒に寝よう。僕の妹のメイリーンは15歳なんだけど、最近は僕に文句ばっかり言って甘えてくれなんだよ。昔はかわいかったのにさ。ルーベンスが一緒に寝てくれるなら、僕は嬉しいな」

「アーマンディ様。ルーベンスと私は一緒の部屋で良いです」

 手と声を震わせながらシェリルは言う。

 

 どうやらルーベンスの方が一枚上手の様だ。そう思うとカエンの気持ちも楽になる。


「では続き部屋にベッドを2つ用意させよう。アーマンディもそれで良いな?」

 カエンがアーマンディに近づいた時には、シェリルはアーマンディの髪を結い終えていた。髪飾りはヴルカン公爵家の色、赤いルビー。まさかの独占欲に、心の中で舌打ちする。


「アーマンディには、こちらの方が似合うな」

 そう言いながらウンディーネ公爵家の色、青いサファイアに付け替えた。まさかの舌打ちが聞こえ振り返ると、シェリルに睨みつけられている。

「シェリル嬢、ルーベンス君、あちらの部屋を確認しよう」


 姉弟の「はい」と言う返事を聞きながら、カエンは今後の自分の胃を心配した。


 


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