第8話 ヴルカン公爵家来訪

「誠に申し訳ない!」

 

 体が大きい人の謝罪は、その威力も豪快で、ヴルカン公爵家当主イリオスの謝罪は、風を巻き起こしウンディーネ公爵親子の髪を乱し、同時に一枚板のテーブルを真っ二つにした。

 更に申し訳ない、と謝るイリオス公爵を宥め、本題に入るまで、かなりの時間を要した。


 今いる場所は公国中央都市ミネラウパにあるウンディーネ公爵家の別邸。聖女就任祝いの夜会の翌日、ヴルカン公爵家は一堂を引き連れてウンディーネ公爵別邸に姿を現した。その中にはアーマンディの騎士になったシェリルもいた。シェリルは到着したと同時にアーマンディの部屋へと行った。その為、この応接室にいるのはヴルカン公爵当主のイリオス公爵、その妻アリアンナ、公爵夫妻の長男レオニダス、末の息子ルーベンス。


「昨晩のパーティーでシェリル嬢の事を言っていましたね。詳しく事情を教えて頂けますか?」

 切り出したのはカエンだ。朝一からアーマンディに説教をした為、少し疲れているが、その様子は見せない。


「そうですな。少し長くなりますが・・」

 と、ため息混じりにイリオス公爵が話し始めた。

「我がヴルカン公爵家は血統的に女性が少なくてですな。そんな中4番目に産まれたシェリルは、赤ん坊の頃から目がぱっちりして、それはそれはかわいくて、これは将来美人になると、一堂皆で期待しておったのです」


 話を聴きながらカエンは昨晩会ったシェリルを思い出す。確かに男装ではあったが、美しい顔で魅惑的な存在ではあった。


「ところが2、3歳の頃に突然、剣を振ると言い出しまして、まぁ儂も兄達がやっているのを真似したいんだろうと思って、止めませんでした。それがダメだったんだと、今は後悔してます」


 深いため息つくイリオス公爵。横にいる妻のアリアンナ様も、息子達も顔色からいっても同じ事を思っているのだろう。


「剣を習い始めてからは、ドレスを着なくなり兄のお下がりの服を着て戦いに没頭する日々で、気付いたら12歳の時に、8つ上の兄のレオニダスを倒してました」


 ウンディーネ親子がレオニダスを見る。レオニダスは両手で顔を隠して、頷いている。


「そして、儂はシェリルが15の時に負けました」

 衝撃を受け、イリオス公爵を見るウンディーネ親子。イリオス公爵の顔色を見る限り嘘ではないらしい。なんとも言えない悲壮感が漂っている。


「それ以降は魔物や獣魔がいると聞いては、一人で退治に出かける日々。恋愛の一つでもしたらどうかと声をかけると、『自分より弱い男はイヤだ』と言う始末。ここ数年ではシェリルのファンクラブまでできて、儂は本当にどうして良いか分からず、途方に暮れるばかりで・・・」

「ちなみにシェリル姉のファンクラブは女性ばかりで、ヴルカン領での会員数は現在321人。ウケるよね?」

「え⁉︎ルーベンス⁉︎いつ300人超えたの⁉︎母様は初耳よ!」

「ここに来る前かな?ほら、東の果ての町にある沼の大蛇を倒しに、俺と一緒に行ったでしょ?あの時に増えた」

「あぁ、儂も先代も先々代も倒せなかったあの大蛇か。お前達が突然いなくなって、大蛇の死体と共に帰って来た時は、肝が冷えたわい」

「あれ、いい金になったねぇ」と笑うルーベンスだけが呑気だ。

 

 ヴルカン公爵家の家族の会話に、ウンディーネ公爵親子は顔を引き攣らせることしかできない。分かったのは、娘のシェリルが規格外の強さである事。そう言った意味では、アーマンディの護衛には好ましい。アーマンディが本当に女であれば・・。


「話がそれましたな。儂らはシェリルのいく末を心配しておったのです。このままでは婿ではなく嫁を連れて来るのでは、と。そこにちょうど、『聖女の儀』があり、それを祝うパーティーがあると聞きましてな。ヴルカン公爵領は良くも悪くも儂の様な無骨な男が多い。カエン小公爵を始め、見目麗しい男を見れば、シェリルの気も変わるのでは、と今回出席する事にしたんです」


 政治的意図もない、ある意味どうでも良い理由で数十年振りに出席したのか思えると少し驚愕するが、子を持つ親であるカイゼル公爵は納得した。


「その割には、シェリル嬢は騎士の礼服でしたよね?」

 カエンの質問に、アリアンナは泣き崩れた。

「そうなんです。今回は正式な儀式とパーティーだから、ドレスを着せる予定で私もちゃんと用意しましたわ。旅行先であの子の衣装ケースも、事故に見せかけて始末したんです!それなのに何故か、どこで作ったのか騎士の礼服を持って来て、『女装なんかできるか!』って。私が産んだのは間違いなく女の子のはずなのに」

「あの服はシェリル姉のファンクラブの中央部隊が持ってきたんだよ。元々こっちで受け取る予定だったらしいぜ」

「中央にまで進出してるの⁉︎」

「ヴルカン領に321人。中央部に500人強。その他の領にはそれぞれ200人位ずつくらいかな?合わせれば1000超えるぜ。しかも女ばっかり!貴族にも何人かいるぜ?昨日のパーティーで、シェリル姉を見て涙ぐんでる女の人を何人か見たからね。今頃、ファンクラブの中で盛り上がってんだろうな。シェリル姉が聖女様を射止めたって!」


「つまり、シェリル嬢は女性が好きなの・・か?」

 カエンの質問に、ルーベンスは笑顔で答えた。

「それは分かんないですけど、『聖女の儀』の時に、シェリル姉が聖女様を見て一目惚れしたのは確かですよ。あんな、シェリル姉を初めて見たし」

「それで忠告する為に、私とアーマンディの元へ来て頂いたと言う訳ですか。申し訳ありません。気付けず・・」

「いや、謝らないでください、カエン小公爵。私もどう、忠告したら良いか悩んでましたから・・」

「レオニダス兄は図体の割に気が小さいからな」

 相変わらず呑気に笑っているのはルーベンスだけだ。それぞれの事情でそれぞれが頭が痛い。


 ルーベンスは前のめり気味に、その無邪気な笑顔をカイゼルに向ける。

「とこで、さ!聖女様は『聖女の館』じゃなくてこの別邸で暮らすって聞いたけど、本当ですか?」

「そうだね。アーマンディは体が弱いから、ここで生活させる事は決まってる。ここには私が常にいるしね。それがどうかしたのかな?ルーベンス君」

「シェリル姉は、聖女様の正式な護衛騎士だから、当然ここに住むんですよね?」

「そうなるね。今のアーマンディの部屋はメイドとの続き間しかない部屋だから、2部屋続き間のある部屋に引っ越すよ」

「ヴルカン公爵家は中央都市に別邸がないから、俺達はホテル使ってるんですけど、俺はシェリル姉と同室なんですよ。シェリル姉が昨日言ってたんですよ。思ったより早く攻略できそうだって。このまま行くとヤバいと思うんっすよね〜。俺は」

「ではどうしろと?」

 できるだけ冷静にカイゼルは聞き返す。内心は冷や汗ものだ。アーマンディの貞操を気にすべきか、男とバレるのを気にすべきか。はたまたその両方か。


「俺もここに置いて下さいよ。俺だったらギリ、シェリル姉を止められる。俺は去年、オヤジを倒しましたしね!もちろん部屋はシェリル姉と一緒で良いですよ。弟の前で、さすがのシェリル姉も不埒な真似はしないでしょうしね!」

「私は構わないが・・・イリオス公爵の意向を聞かないと」

「ウンディーネ公爵家さえ良ければ、我が家は問題ありません。そもそもシェリルがいないと、ルーベンスは止められませんからね。ああ、もちろん家賃はお支払しますぞ」


 むしろ厄介払いができた体のヴルカン公爵家ではあるが、ウンディーネ公爵家としては、ある意味僥倖だ。アーマンディの事を狙うグノーム公爵家の牽制にもなる。


「家賃はいりません。食事も全て提供しましょう。代わりにお願いがあります」

 改めて切り出そうとするカイゼルを手で制し、イリオスが咳払いをし、切り出す。


「我々は全面的にウンディーネ公爵家とシルヴェストル公爵家を支持しましょう。ヴルカン公爵領の中央での決定権はルーベンスに譲ります。こいつは言葉遣いはアレですが、頭は良いのでね。そもそも、女性達を正式な夜会で侍らした上に、儂のかわいいシェリルを侮辱したグノーム公爵家は気に入らん!!」

 ヒートアップした、イリオス公爵の拳がテーブルを割る。

 

 二つ目かぁ、と心の中で呟いて、だがそれを表情に出さずにカイゼルはイリオスに手を差し出した。

 手と手は繋がれ、ここに同盟が成立した

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