第7話 聖女の騎士

「お上手ですね」

「ありがとう。貴女も男性パートを踊り慣れているのね」

「ええ、いつもの事なので」

 シェリルの言葉に疑問を持たず、アーマンディは可憐に舞う。シェリルのリードは素晴らしく踊りやすい。

 

 アーマンディの腰に添える手は優しく体を支え、繋いだ手で踊りをリードする。ステップも優雅に刻み、アーマンディとの息もぴったりだ。

 身長差も丁度良い。ヒールを履いた自分より少し高い。兄様と同じくらいかな?とアーマンディは観察を続ける。

 ステップと一緒に靡く腰までの黒い髪はサラサラと揺れ、男性用の赤い礼装は誂えた様に似合っている。真紅のマントは右肩から垂れ、邪魔にならない様に背中に回されている。


 意志の強そうな眉の下には、赤い光を放つ瞳。キリっとした雰囲気を感じるのは、この強い目のせいかも知れない。全体的に男性の様だけど、赤い唇だけは女性らしい。押さえきれていない胸と一緒で・・。


「ヴルカン公爵領には女性騎士も多いの?」

 アーマンディは踊りながら、好奇心で聞いてみた。

「残念ながら私だけですね。女性の進出はまだまだ難しい職業です」

「女性一人で寂しくないの?」

「好きでやってる事ですから」

「そう、素敵ね」

「その言葉は初めて聞きました」

「わたくしは変わり者らしいわ。兄や妹に良く言われるの」

「私も言われますよ。私達は気が合いそうですね」


 そうね、と答えた所で音楽が終わった。名残り惜しく思いながらも離れる。周囲の視線を集めている事に気付いたアーマンディは、周囲に柔らかく微笑みを送る。


「聖女アーマンディ様」

「なにかしら?」

 振り向くと片膝を付き跪いたシェリルの背が見えた。手を取られ、口付けをされる。

「ぜひ、私を貴女の騎士に」


 一瞬、圧倒される。

(僕の騎士になるって言った?)


 下から見上げる彼女の美しさと気高さに息を呑む。この人に認められ、守られ、常に共にある事はとても幸せな事かも知れない。


「よろしくね。わたくしの騎士シェリル」

「ありがとうございます」


 彼女が差し出す剣を抜き、騎士の誓いの儀を行う。抜き身の剣を彼女の肩に。

「ヴルカン公爵家・長女シェリル。貴女は騎士としての礼節を守り、信念の赴くままスピカ公国を守り、愛する事をここに誓え」

「承知いたしました。私の聖女アーマンディ様」

 

 一斉に起こる拍手。剣をシェリルに返し、その声援に答えるアーマンディは、一瞬固まる。その視線の先には、怒りに燃えた兄が笑いながら手を叩いている。


(あれはこの後、長時間説教する時の顔だ)


 兄の横にはヴルカン公爵一家。男の子が増えている。

(なんだか落ち込んでる?)


「アーマンディ様、喉が乾いていませんか?食事でもいかがでしょうか?」

 シェリルからの気遣いを、兄から逃げるチャンスに感じ、アーマンディは頷いた。


「そうね。あちらのローストチキンが食べたいわ」

「では参りましょう」

 差し出された手の上に、アーマンディは手を重ねる。


「そう言えば女性のエスコートは初めてだわ」

「嫌ですか?」

「いいえ、嬉しいわ。シェリルとわたくしの身長差だとバランスが良いのね。とても自然に感じられるわ」

「それは光栄ですね。今後もアーマンディ様のエスコートは私だけにして頂きたいものです」

 自然なエスコートで、料理が盛られたテーブルに辿り着く。ウエイターからグラスを受け取り、アーマンディに渡すシェリルは頼もしく見える。


(パーティーとか来た事ないから、どうしたら良いか分かんないな)


 病弱と言う設定だったので、屋敷に引き籠もっていた。それに不満があった訳ではないけど、こうして外に出ると色々な景色が見えて楽しく思える。


「これからもシェリルがエスコートしてくれるの?」

「そうですね。アーマンディ様さえ良ければ」

 手際良く皿に食事を盛り、フォークと一緒に渡される。手に持っているグラスをどうしたもんかと悩んでいたら、自然とグラスを持ってくれた。


「立食パーティーは初めてですか?」

「パーティーに出たこと事態ないわ。世間知らずなの」

「これからも出席したいと思いますか?」

「そうね。わたくしが守る人達を実感を持って見たいとは思っているわ。でもダメなの。わたくしは体が弱いから」

 諦めた様に笑う。本当の意味は心に隠したまま。


「私がお連れしますよ。どこへでも」

「どこへでも?」

「貴女の望む所でしたら、どこにでもお供しますよ。常に貴女を守り、愛す誓いをしました」

「嬉しいわ。そんな事を言ってくれたのは、貴女が初めてよ。シェリル。これからもよろしくね」

 その言葉を受けてシェリルは、アーマンディの手を取り、キスをする。手へのキスは忠誠の誓いだ。そのままの意味で受け取りアーマンディは穏やかに笑う。


(そんな未来が来ると嬉しい)



「ご挨拶をさせて頂いても宜しいですかな?」

 不意にかかる声にアーマンディは振り向く。茶色の服の人。グノーム公爵家の人だ。

どうぞ、と返事をすると、シェリルがアーマンディの持つ皿を持ってくれた。素晴らしい気遣いに感謝する。


「グノーム公爵家当主アトスと申します。これは息子のトゥール。そして我々の妻達です」

 茶色の髪と紫色の目を持つそっくりな親子が、同じく茶色と紫の目を持つ女性をそれぞれ5人ずつ連れている。


 グノーム公爵家は側室制度を設けていると兄のカエンが言っていた事を思い出す。一緒にいる女性を見ると、一様に同じ顔をしている事に気付く。

「そう。これからよろしくね」

 なんとなく居づらく感じ、シェリルに目配せする。心得た様にシェリルは、アーマンディに手を差し出す。

「ではここで。兄が待っているの」


 シェリルのエスコートで去ろうとするアーマンディをグノーム公爵親子が取り囲む。

「先程の騎士の叙任式には驚きました。しかし聖女ともあろう方が、騎士が一人とは心持とないでしょう。我が公爵家にも優秀な騎士は沢山おります。その様な男とも女とも分からぬ様な者よりよほど役に立ちますよ」

「そうですよ。私の兄弟にも独身で剣が得意な者もおります。見目も良い者も沢山います。一度、お会いになってはいかがですか?」


 矢継ぎ早に話すグノーム公爵親子に、いつ言い返そうかと、タイミングを見計らっていると、グノーム公爵親子に影が降りた。見上げるとイリオス公爵と息子のレオニダスがグノーム公爵親子の後ろに立っていた。グノーム公爵親子はアーマンディより小さい。ヴルカン公爵親子はアーマンディより大きい。まるで親子の様な身長差に笑いそうになる。


「我が娘を侮辱する言葉が聞こえたが気のせいかな?」

 怒るイリオス公爵は噴火寸前の火山みたいだ。溢れ出る魔力が強すぎて、大広間のシャンデリアが鳴っている。

「私にも聞こえましたね。なんでも男とも女とも分からぬ様な、とかなんとか」

 レオニダス小公爵は、森林火災だ。彼から発せられる怒りと言う名の熱気で、グノーム公爵親子の髪が焦げている。

 小心者らしくガタガタ震えるグノーム公爵親子が気の毒になってくる。


「わたくしの騎士はシェリルがいれば十分ですわ。こんな素晴らしい女性がわたくしの騎士である事、誇りに思ってますわ」

 差し出されたシェリルの手を取り、アーマンディはカエンの元へ向かう。それにヴルカン公爵親子も続く。


 捨て台詞に「小物め!」と、呟くイリオス公爵にこっそり笑った。

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