第6話 ヒロイン(?)登場

「お初にお目にかかるヴルカン公爵家当主イリオスと申す。これは妻のアリアンナ、こちらは長男のレオニダスです。お見知りおきを」

 熊のように大きいイリオス公爵が、その大きい体で膝を折る。膝を折っても、大きいその姿に一瞬、圧倒されたカエンだが、すぐに我に返る。


「アーマンディ・ウンディーネよ」

 対するアーマンディは、何事も無かったように挨拶を返す。カエンも続ける。

「カエン・ウンディーネと申します」

 アーマンディとは違い、カエンは丁寧に挨拶を行う。


(アーマンディに気をつけろと言っていたのに、まさか自分がこんな失態を起こすとは!)


 壁の様な3人に囲まれ、周囲から完全に閉ざされたと気付いたカエンは生唾を飲み込んだ。


「美しい聖女様の誕生に心からお祝いを申し上げましょう。素晴らしい美しさだ。そう思わないか?」

 熊の様に大きいイリオス公爵は、その自慢の黒々した髭を触りながら、妻のアリアンナを見る。

 それを受けてアリアンナは、その鋭い美貌を扇子で隠し、赤い眼を細める。女性でありながら、その身長はカエンと並ぶ。


「本当になんて美しさでしょう。レオニダス?あなたもそう思うでしょう?」

 妻のアリアンナは、イリオス公爵よりかなり若い。息子のレオニダスの姉と言っても差し支えない様ほど、若々しく見える


 アリアンナに問いかけられた息子のレオニダスは、父に似て高身長ではあるが、母に似てその顔は端正だ。レオニダスは公爵夫妻の前に出て、アーマンディの前に立つ。血筋なのか身長はかなり高い。カエンより頭一つ以上上に出てる。

 

「そうですね。もし宜しければ一曲踊って頂けますか?」

 アーマンディに差し出す手は、手袋越しにも分かる程、固そうだ。剣を扱う手。戦闘に特化し、ヴルカン公爵ではなく、戦闘公爵と揶揄されるほどの。


「妹は病弱なので、ダンスは難しいと思います」

 レオニダスが差し出した手を無視し、アーマンディの前に立つ。自分が見上げる男は初めてかも知れない。

「申し訳ありませんが、レオニダス殿とは身長差もかなりありますから」


「これはアーマンディ様を攻略するには、お兄様から攻略しなければいけない様だ」

 皮肉混じりに笑うレオニダスに、カエンは怯む事なく笑う。


「妹の事を心配しない兄などおりませんよ。今回の式典はヴルカン公爵家の長女シェリル嬢がいらっしゃると聞いていましたが、聖女の儀にも夜会にもいらっしゃらない様ですね。長旅でお疲れですか?」

「・・あぁ、シェリルは・・」


 先程の勢いは怯みレオニダスは目を泳がす。見るとヴルカン公爵夫婦も同じだ。どうしたのかと見ていると、カエンの後ろから声がかかった。


「身長だけが問題であれば、私であれば問題ないでしょう?」

 振り返るとアーマンディに手を差し出している赤い騎士服を着た女性がいた。


「ヴルカン公爵家の長女シェリル・ヴルカンと申します。一曲、お相手をお願い出来ますか?アーマンディ・ウンディーネ様」

「・・喜んで」


 怯んだのは一瞬で、すぐにアーマンディは柔らかく笑い、差し出された手を受け取った。

 シェリルはアーマンディの手に口付けを落とし、大広間の中央にエスコートして行く。


「え?シェリル?女性?」

 見送るカエンは混乱しながら、レオニダスを見る。レオニダスは目に手を当て上を仰ぎ見ている。イリオス公爵はため息混じりに床を見て、アリアンナ公爵夫人は扇子で顔を隠している。


「今の騎士服の方は・・・・」

「妹のシェリルです。こうならない為に手を打とうと思っていたんですが、申し訳ない」

「・・・へ?」


 赤い騎士服の少年が息を切らしながらやって来て、カエンを通り過ぎ、レオニダスを見上げる。

「兄貴!ごめん。シェリル姉に逃げられた」

 一息付き、周りを見回す。


「あー!!聖女様と踊ってんじゃん!何やってんだよ⁉︎親父も兄貴も!」

「君は・・」

 振り返った少年は、赤い目を見開き少年らしく笑う。


「ルーベンス・ヴルカンです。ヴルカン公爵家の末子です。カエン・ウンディーネ小公爵様ですよね?やべーすげー美男子!シェリル姉もなんでこっちじゃなくて、聖女様に行くんだよ!意味分かんねー!!」

「ごめん、ちょっと状況が分かんないんだけど」

 戸惑い気味に声をかけるカエンに、ルーベンスは罰が悪そうに答える。


「あー、だよね?うちのシェリル姉がさ。今日の『聖女の儀』で聖女様に一目惚れしちゃってさ。俺ら家族でやべーってなって、シェリル姉と聖女様を引き離そうとしたんだけど、失敗しちゃったみたい」


「君のお姉さんは、男性なのかい?」

「カエン様は変な事言うね?姉さんは女性につけるもんでしょ?」

 

 ルーベンスの言葉を飲み込み、踊るアーマンディを追う。

 赤い騎士服を着た女性(?)と軽やかに踊っている。その顔は嬉しそうだ。


「俺がシェリル姉を止めてる間、兄貴が聖女様と踊って、忠告するって言ってたじゃん!

何やってんの?なんでシェリル姉が踊ってんだよ!」

 ルーベンスは兄のレオニダスと両親を責めている。


 カエンはそれを横目で見ながら、ため息をつく。

(組み合わせだけは間違ってない)

 心の中で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る