第5話 ギャルと魔王(の子)、恋バナする
「ロナン、この塩顔イケメンの名前知ってんの?」
ランチ営業のラストオーダーが終わった店内、パフェをつつきながら訊ねるリリムへ、ロナンは首を振って見せた。
「そもそもネットで知ったんだ。だからネットに出てる情報しか知らない。三十一歳、会社員、あと顔」
「マッチングアプリ?」
「違う違う。何ていうか、バズり画像の人、みたいな……」
「へー、こんだけ顔が良けりゃ、そりゃーバズるか」
結局普通にパフェを食べているローザが納得したように呟く。だが、この彼はただ顔が良いからバグった訳ではなかった。その理由は彼にとって恐らく不名誉なものである。知られていないなら説明は敢えて避けておく。
異世界ニッポンから召喚された勇者にしてこの国の王であるオノ・ユウジはオタクであった。
召喚されて以降かなりの早さで魔王城を攻め落としたのも、ゲート開放の安定・簡易化を推進したのも、全ては推しアイドル声優ユニットのライブに行きたいという一念で成し遂げたことである。
結婚後の今は小遣いとして支給される貴重な日本円で遣り繰りしているようだが、それでもやはり苦しいと感じたらしい彼は、新たな外貨獲得施策としてアズウルド聖公国産のVTuberをローンチすることを思いついた。国策としてのインターネット普及により、アズウルド聖公国においてもオタク文化が根付きつつある。もともと漫画に似たものは存在していたが、それらが急速に洗練され、今では素性隠しペンネームやハンドルネームを使ってSNS 上で活動する絵師も存在するほどだ。彼らの力を借り、国産 Vtuberを作り上げて活動させ、投げ銭や広告収入で外貨を得るのが狙いだという。
アズウルド聖公国内にはインターネット普及のタイミングで制定されたルールがある。それは、ユウジが元居た“あちら側”の人間に、魔法や魔族などが存在する“こちら側”の存在を知られてはならない、というものだ。使用言語も“あちら側”でごく一般的な言語のみと決められているし、“こちら側”で撮影されたあらゆる画像・映像はネット上に掲載することを禁じられている。
Vtuber ならその点をクリアした上で配信を行えるのである。しかも、適正さえあれば魔族でも配信が可能なのだ。
必要なのは聞き取りやすい声と滑舌、臨機応変に対応できる語学力と判断力、倫理観、そして話題の展開が得意であること。これらの要件のうち最後のひとつについて、国王からロナンへ依頼があった。
ネット上でのオタク内のバズりを調べ、アズウルドの言葉で解説した資料を作って欲しい、と。
確かに、やり取りの中でその時のオタクの流行を取り入れた返しがあると、オタクは身内意識を強く感じて喜ぶ傾向は否めない。成功のためにと引き受けたが、大変な作業であった。
「……で、そのとき彼の写真に出会ったんだ」
当然のようにVtuber だのオタクだのに興味の薄い三人はロナンの説明を七割ほど聞き流していたが、いきなり恋バナに話が戻って来たことで「エッ何っ」「話終わった?」と姿勢を正した。
「つまり仕事中に見つけた写真の人ってこと」
「最初っからそう言ってよ-」
マゴットがパフェの器を回収して立ち上がる。話が終わるまで洗い物を待っていてくれたらしい。
「ごめん。それとついでに、オタクの中でしかバズってないっぽい」
「そーなんだ。確かにウチら見たことないもんね」
「しかも不思議なのは、普通この手のネットバズり画像の人って割とすぐ身元が割れるのに、この人はどれだけ拡散しても少しも解らないんだ」
「……そんなに拡散してんの?」
「先週あたりはネットのおもちゃだった」
ネットのおもちゃ、と聞いてポジティブなことを考える人間はそう居ないだろう。三人もそうだったようで、「えー何、犯罪系?」と疑いの眼差しを向けてくる。
「ち、違うよ! ちょっとユニークな発言が切り取られただけで」
「それでおもちゃレベルになんの?」
「なるなる!」
「顔が良いからじゃん?」
「なるほどねー」
顔の良さは全ての事象に説得力を持たせるのだ。
「……まあそういうことで、打つ手なしって感じの片思いだよ」
「なんかそれ、アイドルに恋してるナントカってやつみたいじゃん、専門用語知らないけど」
「でもさ、相手はアイドルじゃなくてカイシャイン? 一般人なんだし、可能性はあるかも」
「これがニッポンでなきゃ即連れて来るのになあ」
四人は揃って、上手くいかないと溜息を吐いた。相手は異世界の一般人だ。名前すら解らない相手となると、まずその存在を見つけ出すのも困難である。
唯一パフェではなくマゴット特製のシフォンケーキを食べていたロナンは、空になった皿へフォークを置いて、ごちそうさまでしたと呟いた。
「じゃあ僕帰るね。聞いてくれて有難う、ちょっとすっきりした」
「えー早くない?」
「今お城が改装工事中でさ、一年くらいかかるって言うから、魔王城に仮住まいしてるんだ」
「えっ、あんな遠いトコに?」
かつて魔王とロナンたち母子が暮らした魔王城は、魔王亡きあと接収され、王族の別荘のような扱いとなっている。ただし生身の人間にとっては立地が凄まじく悪い。ほとんど居住地として使われることもなく、気候の穏やかな時期などは城の一部を観光地として近隣の魔族向けに公開しているほどだ。
「基本的に在宅勤務だから問題ないんだよね。こうやって友達に会うときが不便なんだけど」
でも顔見たいから気にせず誘ってね、と付け足して席を立った。
「てことは今日ブーちゃん連れて来てんの?」
ブーちゃんとはロナンが子どもの頃から育てている飛竜である。子竜時代にブヒブヒ鳴いていたため、エメルナが名付けた。
「街はずれの森で鳩に変化させて待たせてるよ」
「周りの鳩かわいそすぎ」
魔王城の周りには特殊な結界が張られている。空路で行くのであれば本人にそれなりの魔力、そして或る程度神格のある竜がいないと難しいのだ。
「じゃーねー」
「毎度-」
「おつかれー」
そうロナンを送り出した三人は、扉が閉まると同時に顔を突き合わせた。
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