第4話 家出王子、友と出会う

 新国王の政策は魔術研究やエネルギー問題以外にも様々なものがあったが、国民生活に最も影響があったのは人間の生活圏内で魔族たちの共存を許容しようと言う「人魔共存宣言」であった。

 魔族たちは確かに魔王に従って人の暮らしを脅かし、時に命を奪ったが、必ずしも全ての魔族が人間に悪意を持っていたわけではない。人間たちを攻撃する動きが始まると、それに反対する者や人の側に着いて彼らを守ろうとした者たちもいた。だが魔王は当然それを許さず、独裁者の強権で彼らを捕らえ投獄・粛清・脅迫や洗脳で強制的に操るなどして自分の意のままに動かした。

 オノ・ユージが魔王を倒したのち、親人間派であった魔族たちはそれまでの魔族たちの非礼を詫び、人間社会と魔族社会を平和なかたちで共存させて行きたいと訴えた。

 だが当然、反発する国民は多かった。住む場所や大切な誰かを魔族に奪われた者は、たとえ直接手を下したのが彼らでないと頭では解っていても、心情として許し難いものがあるのは仕方のないことだ。

 それでも国王は共存を実現させたかった。人との生活に馴染ませ、雇用についてもきちんと整えて社会的経済活動を行わせることで治安を維持できるという考えが一つ、近現代の工業・産業、またはインフラ整備などに使用する重機や大型車両などの代替の労働力として活用できるという考えが一つ。

 そしてもう一つの理由は、彼の義理の子であるロナンが、王妃エメルナと亡き魔王との間に生まれた魔族との混血児であったからだ。


「どうせオノさんには僕の気持ちなんて解らないよ!」

 ロナンがそう声を上げると、しょんぼりした表情を浮かべる丸顔の男の横でプラチナブロンドの美女が「ロナンてめえ、ユージに謝れよ!」と怒鳴った。

「お前のためにユージがどんだけクソジジイどもに頭下げて回ってると思ってんだよ!」

「そんなことしてくれなんて頼んでない!」

「はァ?」

「まあ、エメルナ、落ち着いて……」

 白い肌に青筋を浮かせて怒っているのはこの国の王妃エメルナだ。その美貌から魔王に攫われ妻とされた不遇な女性ではあったが、実はかなり気が強く口が悪い。そしてその事実を多くの国民は知らずにいた。

「大体ユージはロナンに甘すぎでしょ!」

「でも、おれ、ロナンくんの気持ちは解るというか……おれも日本から来て、こう……異質みたいな扱いだったし」

「それも気に食わねえ話なんだよな、テメェらで一方的に呼び出しといてさあ! だいたいウチの侍女連中にもネチネチ絡みやがって、ユージが止めなかったら反逆罪でブチ込んでたわ」

 ちなみにエメルナの侍女たちは魔王城で側仕えしてくれていた魔族の女性たちだ。彼女たちにとってパワハラ上司であるところの魔王という共通敵を以って、姉妹の如き絆を得た。国に戻るにあたっても「こいつらの身の安全が保証されないなら帰らない」とゴネまくり、そのまま侍女として召し抱えたという経緯がある。

 基本的に義理人情に厚い姉御肌タイプの女性ではあった。ただし致命的に口が悪い。よく魔王に殺されなかったと囁かれるくらいだ。

「とにかく! 僕は謝らないし、出てけって言うなら出てくから!」

「やれるもんならやってみろ!」

「ダメだよ、危ないよ」

 怒る母と窘める義父を放って執務室を飛び出した。扉の近くで様子を窺っていた大臣たち……エメルナの言うところのクソジジイどもは、蜘蛛の子を散らしたように立ち去って行った。ロナンも彼らが苦手だった。

 ロナンは十六歳になろうとしていた。反抗期真っ只中でもある。

 今日はユージに「貴族の子女が通う学校へ行ってみないか」と提案された。その出生から人目を嫌い城から出ず、家庭教師から教育を受けていたロナンには同年代の友人が居ない。それでは淋しかろう思ったようだった。

 けれどロナンには余計なお世話だった。ロナンはただの魔族との混血ではない。魔王の子なのだ。額から生える忌々しいツノを見れば、たとえ貴族の子女であろうが、自分を冷たい目で見るだろうこの血を憎む者も居るかもしれない。そんな感情を向けられたくなかった。

 家出することにした。せいぜいこの悩みの深さを知ればいい。

 魔術用のオイルで作った香水のようなものを自分へ吹きかけた。これは一定の時間吹きかけた者の気配を消すことができる。次にフードのついた上着を着込み、額のツノが隠れるように調整した。

 ロナンは外出が制限されている訳ではないが、それでも一応王子ともなれば、護衛だなんだと言われてしまう。家出は家出らしく、こっそり出て行くべきだと思った。

 が。一人で街へ出た瞬間、あまりガラの良くない男二人に絡まれてしまう。

「お嬢さん、もしかして美人?」

「俺らと飲もうよ、いい店知ってるからさあ」

 オイルの効果は既に切れているらしい。酔った様子の男たちはその場を離れようとするロナンを押し止めた。

「すみません、僕は男なので、ご期待には添えないと思います」

「えー嘘っしょ、ちゃんと顔見せてよ」

「この被ってんの邪魔だな、取っちゃえ」

 男の一人がフードを掴む。

「やめてください!」

 ロナンは声を上げ抵抗しようとしたが、小柄な彼に対し男たちは体格もよく、あっさりとフードを剥がされてしまった。

 露わになるピンク色の髪、そばかすの散った白い頬、そしてなめらかな額から生えたツノ。それらを見て、男たちの顔つきが変わった。

「てめえ、バケモノ王子じゃねえか!」

「何でこんなとこに居やがる!」

 慌ててフードを被りなおしたがもう遅い。乱暴に肩を押され、そのまま地面に倒れ込んだ。

「あークソ、よりによってバケモノ王子かよ」

 ロナンは自分が化け物王子と呼ばれていることを初めて知った。ショックに唇をぐっと噛んだが、次の一言で頭が真っ白になる。

「男を誑かすのは母親譲りか。魔王を誑かした女だもんな、エメルナ様は」

 母を侮辱された。彼女の愛と情けの深さを知るロナンは、それを許せなかった。

「母様を侮辱するな! 無礼だぞ!」

「普通の女はバケモンと子作りなんてしねえんだよ、それも魔王なんかと」

「人間がどんだけ迷惑被ったか解ってねえクソガキには教育が必要か?」

 男の片方が道端に落ちているほうきをつかんで近寄って来る。あれで殴られるのだろうか。魔法を使えば回避はできるだろう、けれど男たちを逆上させてしまうかもしれない……。

 悩むロナンの目の前で振りかざされたほうきの柄、その先端に突然炎が灯った。まるで松明のようで、その場の三人は思わず固まる。

「主語デカい男、寒」

ついに声が聞こえたかと思うと、ほうきを持つ男の背後にビキニアーマーの少女が現れた。油断していた男の手首を捻り上げ、燃え続ける炎をもう一人の男の顔面に近付ける。

「これであったかくなるかなー。オニーサンどう思う?」

 火傷を恐れて硬直する男の背後にはもう二人、ミニスカートの少女が立っている。

「つか秒で見付かってウケる」

「相当胸クソだけどオニーサンたちが足止めしてくれてたからだわ、ありがと」

 男たちが戦意喪失したと見て取ったらしいビキニアーマーの少女は、燃える木の棒を地面に投げた。不思議なことに赤く燃えていた炎が消える。水もかけていないのに。

「ウチら、ギルドから請けた仕事でこのこのこと探してたんだよね。悪いんだけど手ェ引いてもらえる?」

「わ、解った」

「あとさー、あのナンパの仕方、今もう流行んないよ。もっとモテたいならあれじゃムリ、ダサい」

 少女たちに心身ともに傷付けられた男たちは、逃げるように立ち去った。

 立ち上がるタイミングを逃したロナンは一連のやり取りを茫然と眺めていた。そんなロナンへビキニアーマーの少女が手を差し出す。褐色の肌、きらめく銀色の髪。濃いめの化粧の施された顔は勝ち気そうに見えるが、その目は優しい。

「はじめまして、王子さま。ウチらギルドの依頼で王子さまのこと探してたんだ。あたしはローザ。で、こっちの金髪がリリム、髪巻いてんのがマゴット」

「ねーマジ建物出て十秒とかで発見したのもウケるし、横でマゴットがいきなり火点けたのもクソ笑った」

「あんた笑ってるだけで何もしてないじゃん。王子さまケガしてない? こいつ治療できるから、ささくれとか何でも言っちゃって」

 エメルナとはまた違う系統の少女たちだった。ロナンは義父が見せてくれたニッポンの書物で知っていた。

 彼女たちは、ギャルだ。

「じゃー王子さま、城まで送るよ」

「やだ」

「はあ?」

 城の方へ向かおうとしたローザたちへ、ロナンは言った。

「家出して来てるんで! 帰りません!」

「いきなりボコられそうになっといてそれ言う?」

「気持ちは解るけどさー、ウチらも仕事だし、もう夜じゃん。ガキがうろうろしてんの見つかったらどっちにせよ通報だよ」

「うう……」

 正論で窘められてしまう。それでも今日は帰りたくなかった。黙ってぎゅっとフードを握り締めると、その様子を見ていたリリムが「しゃーないなー」と溜息を吐いた。

「今晩一晩だけ宿取ってあげる。ただしオセロには『もう夜なので』って連絡するから、明日お迎えが来たらちゃんと帰ること。いー い?」 

 提案に驚いて顔を上げると、マゴットがリリムの肩を「やるじゃん」と肩を抱いていた。

「え、い、いいんですか?」

「いーよー別に、パパに連絡して一部屋確保してもらうだけだし」

「まー依頼も『王子様を見つけて保護』であって『王子さまを城連れ帰る』じゃないもんね」

「あ……ありがとうございます……」

 理解して頭を下げれば、リリムの隣でマゴットが笑いながら教えてくれた。

「さっきの良かったよ、お母さんのこと言われて怒ったやつ」

「えっ、あの」

「ウチらああいうの好きなんだよね。肩持ちたくなるっつーかさ」



 結局その夜はリリムの父親が経営する宿に一泊させてもらった。家出の原因の話も聞いてもらい、胸のつかえが少しだけ取れたような気がした。

「少なくともウチらは王子さまのこと家族の仇とは思わないよ」

「あたりまえでしょ、別の人間? 魔族? じゃん」

「気持ちは解るけどねー。あの学校だったらうち知ってる後輩いっぱい居るからさ、面倒見るよう言っといてあげよっか」

 宿へロナンを送り届けるついでに食堂で一緒に食事をすることになった。彼女たちはロナンより少し年上だが、元々城の外の人々と関わりの薄いロナンにとって、彼女たちと話すのは貴重で新鮮だった。

「そーいえばリリム、あそこの卒業生だっけ。制服死ぬほどダサいのによく通ったね」

「ソッコーで鬼改造したもん。まずスカート半分に切ったし」

「縦に?」

「痴女扱いすんなし」

 きゃはは、と笑い声の上がる食卓。気負わず交わされる会話。ロナンはそれを知らなかった。だから義父は、知って欲しいと思ってくれたのかもしれない。

「スカート丈半分にする奴が卒業出来るんだから、王子さまも試しに行ってみなよ」

 その言葉の説得力も強かった。

「秘密なんだけどさ、王子さま探しの依頼、王さまが直でギルドに投げたやつなんだよ。お城の兵隊使ったら大事になって、帰って来にくくならないようにって」

 ローザの言葉に驚いて目を丸くする。見回すと三人とも、優しい笑顔をしている。

「今日ここで泊まっていいって許可出したのも王さまらしいよ」

「超愛されてんじゃーん」

「ウチらがこうして平和にだべってられんのも王さまのおかげ。その王様の大事な子どもなんだから、王子さまも胸張んなよ」

 散々褒められて面映ゆい。もそぞと居住まいを正す様子に、また三人が笑った。

「……あの、お願いがあるんまたですけど」

「なぁに、依頼?」

 リリムの返しに首を振る。

「僕のことも、名前で呼んでくれませんか。『王子さま』じゃなくて、『ロナン』って」

 それを聞いた三人は数秒間黙った。無礼なことを言ってしまっただろうか。厚かましかっただろうか。不安を覚えたロナンだったが、

「そーいうトコ、めっちゃ良いよね、ツボなんだけど」

とマゴットが口火を切ったことで安心出来た。

「つーかそっちこそ良いの? 名前呼ぶとか言ったらもうツレ扱いだよ」

「ツレ?」

「んー、友だち」

「良いです! だから、僕も三人のこと、名前で呼んでもいいですか……?」

 ローザとのやりとりを聞いていたマゴットが「何この子、エモすぎるんだけど!」と頭を抱え、その横で揚げ芋を食べるリリムが「じゃーついでにタメ語でよろ」と教えてくれる。

「は、……う、うん!」

「ウケる。よろしく、ロナン。とりま連絡先交換しよ」

 こうしてロナンに初めての親しい友人たちが出来た。



 その後学校へ通うことを決めたロナンは、リリムの根回しと貴族たちのおおらかさに助けられ、楽しい学校生活を送ることができた。友人も増え、人との関わりを学ぶうちに親との関係も改善して行った。

 ちなみにローザ・リリム・マゴットの三人はロナンの両親に気に入られ、家族ぐるみの付き合いが始まった。


 家出をして良かった。

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