第2話 魔王の子、恋をする
ロナンの友人である三人のギャルたち、ローザとリリムとマゴットはバイトと兼業して冒険者をしている。それぞれ職業は戦士・僧侶・魔法使いだ。
彼女たちは全員、魔族や彼らに使役された魔物たちによって家族を失い、自らも生命の危機に晒され……勇者によって救われた経験があった。
「いやマジ、あのときのパパさん最ッ高に格好よかったよね」
ただし、命の恩人も友人の義父となればパパさん呼ばわりである。
「すっごい汗だくだったけどね」
「街燃えてたもん、そりゃ汗かくっしょ」
「えっでもさ、この前クラブで会ったゴブリンに聞いたんだけど、パパさん氷の谷で防寒も護符も着けてないのにめちゃめちゃ暑がって、パパさんの熱で雪が融けて道ができたとかいう」
「それ百年後には伝説になってるやつじゃん、ウケる」
十分今でも充分生きた伝説だけどね、とパフェをつつきながらローザが言うと、二人は確かにー、と同調した。
ロナンの実父は魔王である。人間たちの命や暮らしを脅かし、多くのものを奪った悪である。
アズウルド聖公国の王女であったエメルナはその美貌に目をつけられ、城から攫われ妻とされてしまった。そのエメルナが産んだのがロナンだ。
魔族と人間のハーフであるロナンは父である魔王が大嫌いだった。魔王はモラハラ気質で、自分で人間の王女を連れて来て妻にまでした癖に、「人間の女は魅力が足りない」だの「魔力がないから面倒が多い」だのネチネチ嫌味を言ってはエメルナを怒らせていた。
母はロナンを大切に愛してくれたし、ロナンも母が大好きだった。
だからそんな母と自分を救い出してくれるという勇者が来たとき、ロナンはどれほど感動し、感謝したか解らない。
「助けに来ました、怪我はないですか」
そう訊ねてきた高めの優しい声。まんまるの顔の中でぴかぴか光る穏やかな目。父譲りの額のツノを見ても迷うことなく差し伸べられた、温かくぷにぷにの掌。十年経った今でも忘れることはない。
彼を初めて見た母エメルナが「超可愛い……」と呟いていたことも。
異世界から来た勇者に救われた王女は迫りに迫りまくって彼と再婚。勇者は救国の英雄となり、国民たちに絶大な人気を誇る国王となった。
どれほど人気かと言えば、彼のふくよかで丸っこいフォルムを模したパンやぬいぐるみが売られているくらいだ。
思春期を迎えた頃のロナンはそんな義父を避けていたこともあったが、今では社会人として尊敬している。
異世界人である義父は勇者として召還されたこの世界で「単独で理をねじ曲げる」能力を獲得していた。
例えば燃焼の三要素ーー可燃物、酸素、火種ーーがなくとも大きな炎を起こせるなど。
本来この世界でそれを行うためには、魔力を持った者が精霊と契約・使役する「魔法」という術を使うほかなかったが、勇者は魔法を使わなかった。
ただその能力を使うのもかなり心身を消耗するらしい。だから彼は知恵と技術で効率化を図った。
まず自分が“こちら側”の世界に召喚されたときのゲートを簡略化して開けないかを研究させた。この魔法は国が危機に瀕したとき国中の力ある魔法使いたちが集結し、
一世一代くらいの熱量で儀式を行う必要がある、と大昔の書物に残されていた。魔法技術と資質の向上で当時とは個人の技量もかなり違う現代であれば、諸々のコストを削減してのゲート開放は可能ではないかと提案したのだ。
勿論反対もあったが、彼は若手魔術研究者たちを味方につけ、「有事ではない今だからこそ必要な研究である」と説得を続け、最終的に「冒険者ギルドの高位魔法使いであれば状況しだいでゲート開放が可能である」ことを発表させた。
これにより人や物の往来が格段に楽になったため、今度は元居た世界での人脈を駆使して魔法を使った風・水力発電の設備と産出エネルギーの販売ルートを確保。クリーンエネルギーを売ることで外貨を稼ぎ、その流れで国内にインターネットを普及させた。
……とまあ普通に考えたら道理的にも物理的にと「何でそれが可能なんだ?」ということをやってのけたのが新国王である。
平和、豊かさ、便利さ、快適さを国民に与えた新国王はまさに英雄だった。彼の真の名ーーオノ・ユウジを冠した広場や公園なども多い。ローザの実家はオノ・ユウジ記念広場のすぐ近くにある。
ロナンは義父から通訳の仕事を任されていた。実は彼はアズウルド聖公国の公用語・魔族のみに伝わる古代魔族語、そしてニッポン語を話せるトライリンガルである。ニッポン語については近頃第二公用語並みに浸透して来ており話せる者は多いが、古代魔族語については人間にとって言語と言うより概念に近いため、高名な研究者であっても一部分程度しか理解不能と言われている。
ロナンは自分の容姿……魔族の証でもある実父譲りのツノをコンプレックスに感じて、あまり外へは出たがらなかった。そんな彼に義父は「通訳を頼めないか」と持ち掛けた。
「ロナン、君以上の適任は居ないと思う。是非君が、人と魔族を繋ぐ懸け橋になって欲しいんだ」
尊敬する義父に勧められて始めた仕事は、ロナンに勇気や自信を与えてくれた。そうでなければこんな風に、昼間から外出してカフェでランチなんて出来ていなかっただろう。
それに、とロナンは思う。ロナンが恋した彼はこの仕事を円滑に進めるための調べ物をしている最中に見付けた。
遠く離れた異世界の、画面の向こうに存在する青年。一目惚れで、自覚のあるうちではほとんど初恋だった。
たとけこの先直接会うことが叶わなくても、誰かにこの嬉しさと苦しさを聞いて欲しかった。そして、ロナンの知り得る限りいちばんの適任がこのギャル三人だったのだ。
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