ギャルと魔王、カフェランチしながら恋バナする

たかさきこのえ

第1話 ギャルと魔王、カフェランチする

「あー、ロナン、こっち!」

 夜は酒場として賑わう店は、週のうち何日かだけランチタイムのみのカフェ営業をしている。今日はその日だった。

 重い扉を開けたロナンは自分を呼ぶ声のした方へ視線を向けた。褐色の肌に銀の髪。普段はド派手なビキニアーマー姿の彼女は、今日は完全にオフモードなのか、緩いスウェットの上下にネコのキャラクターが描かれたサンダル姿だ。化粧も普段よりかなり薄く、がっつりデコられたネイルとのギャップが凄い。

「お待たせ、ローザ。今日はバイト休み?」

「そーなの! なんか親方が奥さんの実家に赤ちゃん連れてくとかでさあ、三連休なんだよね」

 本当平和って有り難いわ、と呟く彼女のバイト先は武器屋である。

「ロナンいらっしゃい、ランチ食べるっしょ? 何にする? 今日のおすすめはビーフシチューオムライスだよ」

「美味しそう! じゃあそのおすすめで、飲み物はりんごジュース」

「はいよー、待ってて。ローザの分と一緒に出すね」

 厨房から顔を出して注文を取ったのはマゴットだ。彼女はもともと夜にこの酒場の厨房で働いているのだが、マスターから許可を得て店を借り、昼のカフェ営業を始めている。勿論夜も彼女の料理を求める客のために出勤は継続中だ。

「りんごジュースだって、かわいー」

「このお店のりんごジュース美味しいんだって! ……あれ、リリムは?」

 いつもの顔ぶれには一人足りない。気付いたロナンが訊ねると、色付き炭酸水を飲んでいたローザが呆れた表情に変わった。

「このまえ遺跡の村で吟遊詩人の男拾った話したじゃん?」

「あ、野良モンスターに襲われてたのを助けたっていう?」

「そうそう、そいつ、リリムの実家が太いと解った途端にリリムのとこに転がり込んでさあ」

「今じゃ完全にヒモ状態。今日も『マーくん起きたらご飯食べさせてから行くね』だってさ。……はいお待たせ、ビーフシチューオムライス。あたしもまかないここで食べちゃお」

「マゴットのやつチーズかかってる! ずるい!」

「あんた一昨日ダイエットするっつってたじゃん」

 一緒にテーブルへ着いたマゴットがローザと賑やかにやり取りするのを横目に、ロナンはオムライスを一口食べた。コクのあるビーフシチューに淡白な卵と甘酸っぱいケチャップライスがよく合う。確かにチーズ入りは魅力的だが、今のままでも充分美味しい。

 チーズのかかった部分を一口貰って満足したらしいローザは「とにかく」と話を戻した。

「ロナンも気を付けなよね、可愛いし、実家も太いし」

 ロナンは年より若く見慣れがちな顔を可愛いと言われ、複雑な表情をした。大嫌いな実父と似なくて良かったとは思うが『国中の画家たちが恋をした』と言われる美貌の母に似たため、

そして優しい気質も影響して一見か弱げな少女である。

 実際はとうに成人を迎えた青年なのだが。

「ほんと、悪い虫つかないか心配」

「つかないって……僕なんか……」

 何せ生まれも育ちも特殊なのだ。今までも変な風に寄って来られたり手を出したりもされていない。ロナンの恋愛対象は同性だったが、そもそも性別問わず親しくなれたのは家族を除いて数人しか居なかった。

「……あ、でも、今日聞いて欲しかった話っていうのが、実は好きな人が出来たっていう話で」

「えっ」

 目の前の二人が驚きに固まった瞬間、店の扉がばんっと開け放たれた。

「ちょっと! そういう話は! あたしが来てからにしてよ!」

 白とピンクのミニスカート、青みピンクとラメでばっちりフルメイクの金髪女性が甲高い声で叫んだ。先ほどから話題の吟遊詩人を飼う女・リリムである。

「うるせーリリム」

「リリム昼食べた?」

「マーくんと食べて来た! でもあとでパフェ食べたい!」

 パフェという単語にローザの目が輝く。ダイエットするんじゃなかったのか。

「ていうかロナン、好きな人って何、恋バナされるとは思ってなかったんだけど」

「ごめん、僕の周りで話聞いてくれそうなの、三人しか居なくて」

「超嬉しいこと言うじゃん、泣きそう、ヤバ」

「つか、相手どんな? 人間? 魔族? 庶民? 王族? フツメン? イケメン?」

「ええと、多分人間で……王族ではなさそうだけど、品はある感じで……」

「イケメン?」

「美形だと思う……」

 三人のギャルたちはわっと声を上げた。現状、最近マザコン男と別れたばかりのローザ以外の二人は彼氏持ちだが、恋バナとイケメンにはテンションが上がるようだった。

「なにちょっと、どこで知り合ったの」

「連絡先交換した? どこ住み?」

「ねー顔見たい、画像ないの?」

 ギャルたちに囲まれたロナンは「知り合ったというか……あ、画像はあるよ」と、義父から仕事用にと渡された端末の画面をタップした。

「連絡先交換なんて出来てないよ、相手は画面の向こうの人だから」

「エッ、二次元ってこと?」

「ううん、実在してるよ。ニッポンの人なんだ」

 はい画像、と三人の前に端末を置く。

「わ、確かに塩顔イケメンじゃん」

 自分のことでもないのに、端末の中の相手を褒められ、ロナンは照れて額のツノの付け根を掻いた。



 かつてこの国に災いを齎した魔王を、異世界より召喚された勇者が打ち倒した。彼は魔王の妃にされたアズウルド聖公国の王女エメルナとその息子であるロナンを救い出し、エメルナと結婚。国に平和を取り戻しただけでなく、異世界の知恵や技術で豊かさまで齎した。

 その勇者の生まれた地こそがニッポン。

 魔族の血を引き王族でもある青年ロナンは、異世界ニッポンの男に恋をしていた。

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