第17話 苦しさの自覚【回想】

「ええ、とてもお似合いです」

「ですわよね! ほらっシュリン様も褒めてくださってるわよ、セリオル様も褒めてくださいませ」

「⋯⋯いい加減にしろ」


 私は平然と微笑んであげる。ミディアムの碧色のドレス⋯⋯この国、もっと広く見て世界。その中にどれだけの碧色を持つ人がいるのか冷静に考えれば何も特別ではないし、現にこの会場にも碧色のドレスの女性は少なくはないのだから。ただ、そのことに気付くまでに時間がかかっただけ。

 そう、気付けば急に心が軽くなった気がした。


「わたくしはセリオル様の理想でしょう?」

「ミディ、いい加減にしろと言ったはずだ」

「んもぅっ! セリオル様ったら貴方の色を身に着けたわたくしに照れているのね」


 クスクスと笑うミディアムに私は少し前から違和感を感じている。この人、会話が微かにズレているの。相手の言葉を自分に良いように解釈している? そんな感じなのよね。


「お兄様っ、まあ! ミディアム姉様とてもお綺麗です! そのドレスはお兄様の色ですわね! ああっ⋯⋯今日のミディアム姉様はお兄様の理想そのものですわ!」


 私に聞かせるようにわざと大きな声で話しかけて来たパラミータに意地悪な笑みを向けられても私は微笑みを絶やさない。


「あら、お兄様の婚約者はシュリン様でしたわね。でもシュリン様のドレス、お兄様の色ではないから⋯⋯ミディアム姉様が婚約者に思えてしまって、ごめんなさいね」

「パラミータ! 俺が用意したドレスだと分かっているだろう。俺のパートナーはシュリンだ」


 ミディアムとパラミータが私を貶めればあの人は私を庇う。この時の私はまだあの人が私を陥れる為に庇っているのだと思っていたの。私があの人に夢中になればなるほど⋯⋯絶望が深くなるのだから。


「私はこのドレスが良いです」


 嫌がらせは受けてあげるけど、私もただ受けて落ち込むだけじゃないのよ。あの人との時間は後数ヶ月しかないのだから。

 その間に出来ることは努力するの。私は何としてでも、あの人の隣に立つに相応しいと言われるようになって⋯⋯貴女達の思う結末は迎えてあげないの。

 だからこの程度の嫌味なんて、大したことないのよ。

 私はそう心で自分を鼓舞していた。


「シュリン──」


 あの人が私を引き寄せて目を細める。私はニッコリと微笑み返してあげるの。一瞬、ミディアムの視線が鋭くなったけれどすぐにいやらしく弧を描いた。


 それからしばらくして、演奏されていた音楽が変わり殿下とレモラが姿を現した。

 殿下は華やかで凛々しく、レモラは控え目だけれど美しい。二人の仲の良さそうな様子に会場中の誰もが祝福の言葉を贈った。


 曲が始まると一番最初に殿下とレモラがダンスを踊ってから来賓者達がホールへと出る。

 私もあの人に手を取られてファーストダンスを踊った。


「セリオル様、次はわたくしと踊ってくださるでしょう」

「いや──俺は」

「わあっ素敵だわ! お兄様とミディアム姉様きっと注目されるわ!」

「ふふっ、殿下達より目立ってしまうわね」


 主役は殿下とレモラなのに。呆れを通り越すと言わずしてこれは何と言う感情か。


「シュリン様も婚約者以外と踊ってはならない訳ではありませんもの。お誘いしたがってる方がいらっしゃるかもしれませんでしょう」


 あの時のアルバ様と同じ事をミディアムは言いながらすいっと扇で男性陣を指す。

 ⋯⋯ああ、ここで私に不貞をさせようとしているのだ。

 分かり易くてため息が出そうになる。

 

「私はあそこのソファーでお待ちしてます。どうぞミディアム様をお誘いしてください」

「いや、前回のことがある。ミディ、悪いけど相手はウェルダムに──」

「シュリン様もそう仰ってるわ、さあセリオル様!」


 前回。アルバ様の一件が蘇り私は少し気分が悪くなってしまった。同じ手にかかるわけには行かない。ホールへと出た二人を見送って私はソファーに座った。


 離れれば良いものをパラミータは律儀について来て二人がどれだけ似合いなのか、ミディアムが本当のお姉様になってくれる日が待ち遠しいだとか一方的に話された。

 

「本当にお似合いだわ。シュリン様もそう思わない?」

「ええ、お似合いですね」


 パラミータはその一言で満足する。反抗せず、素直に彼女達の策に落ちた愚か者を演じれば危害は最小限で済むのだから。


「なんてお似合いなのでしょう。あのドレスはセリオル様のお色ですわね」

「ええ、セリオル様とミディアム様は絵画のよう」

「でも、セリオル様に婚約者様がいらっしゃるでしょう?」

「思い合うお二人を引き裂く政略相手だとの噂ですわよ」

「お美しい方にはやはり相応しい方でないとねえ」

「殿下もお美しい方ですが⋯⋯選ばれた方が⋯⋯ですもの」


 どこにいてもどこからでも聞こえてくる嘲笑。

 得意げに見下ろしているパラミータに気付いているけれど私は平静を保った。


 曲が変わり、あの人とミディアムはそのまま二曲目を踊り続けている。

 そして⋯⋯二曲目がそろそろ終わる。


 周りの私に向ける視線が嘲笑の色を濃くした。


「お兄様ったら。ふふっ、仕方のない人ね。三曲同じ人と踊る意味をご存知なのに」

 

 この国の社交界でのマナーの一つ。休憩を入れたり、一曲空けることなく「連続して三曲同じ人と踊る」それはその相手が「婚姻相手」だと周りに知らしめる行為。そんな事、知っているわ。

 パラミータは楽しそうに私を見て来たけれど、私は何も反応しなかった。

 

 あの人から偽りの告白を受けてから一年経つ。そろそろ茶番劇の幕が降りる。それだけを感じていたのだから。


「どちらへ?」

「手洗いに⋯⋯失礼します」


 私は歪んだ笑顔のパラミータに微笑み返して足速に会場から廊下へと移動した。

 急がなくては「仮面」が外れてしまう。

 

「シュリン!」

「──っ!」


 呼ばれて咄嗟に振り返ってしまった私を見た相手はその大きな瞳を益々見開いた。


「レ、モラ⋯⋯レモラ⋯⋯」

「シュリン⋯⋯頑張った。シュリンは頑張ってるよ」


 そう言って私より先に雫を溢したレモラは手を握ってくれた。私はそのまま彼女の腕の中に収まって泣いてしまったのだ。

 本当はずっと怖かった。

 周りが敵に見えて、辛くて悲しくて。


 ミディアムと踊るあの人を見るのが苦しくて。見たくなくて。

 

 レモラは何も言わずにただ私の背中を撫で続けてくれていた。

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