第15話 驚きの参入者

 カチコチと音を立てて振り子が揺れる時計はそろそろ昼を告げようとしている。


 青ざめたり、頬を染めたり、瞳を潤ませたり、切なげに笑ったり⋯⋯。

 どんな表情でもあの人は様になる。本当に「顔」が良い。


 しばらく口を開かず色々な表情を見せていたあの人はお父様に促され、ようやくポツポツとこれまでの事を話し始めた。

 

 あの人が語った話はどれもこれもが心をざわつかせるものばかりで私は自分の気持ちが分からなくなっていたの。

 だって、この人にとっての私は偽りの婚約者。そう思っていたのにそんな私に想いを募らせているとあの人は言う。あまつさえその感情をぶつけて来たのだから。

 ⋯⋯それを嬉しいと思ってしまっているのだから。


「シュリンと言葉を交わしたのは冬の茶会が初めてだ。けれど俺はシュリンをそれ以前から知っていた」


 スカラップ侯爵家でのお茶会の一年前。

 あの人はあのフリージアのコートを着た私を王宮の庭で見かけたのだと言う。

 そう言えばお父様を迎えに仕事場へよく行っていたわ。


「一目惚れ⋯⋯だった。子爵に何度も顔合わせを頼んだけれど、会わせてもらえなくて⋯⋯侯爵家の力を使おうかとまで考えた」

「お父様⋯⋯」


 白々しくコホンとわざとらしい咳をしたお父様はそっぽを向いた。

 気持ちは分かる。侯爵家の嫡子が私に会いたいだなんて信じられなかったのよね。


「会わせてもらえないなら偶然を装ってシュリンと接触しようと後をつけた事もあるし、夜会で探したりもした⋯⋯俺はシュリンを調べた」

「後を、つけた⋯⋯調べた⋯⋯」


 さらりとおかしな事を言った気がする。


「侯爵家でのお茶会、俺はチャンスだと思ったんだ。そこでシュリンと話をしようと⋯⋯けれど、パラミータ達が、悪い癖を出した」


 あの人は知っていたのだ。パラミータとミディアム、ウェルダムが自分達の身分を笠に着て下級貴族を揶揄っている事を。そして、それらを家の権力の下で揉み消していたのだと。

 あの人はスカラップ侯爵とフィレ侯爵に頼まれ彼らの行動を監視していたと言う。

 それは、これまでも下級貴族に対しての行いが目に余るまでになって来た中でエポラル殿下とレモラの件があったから。

 直接ではないにしろアルバ様を嗾け、殿下までも貶めようとした事は両侯爵を失望させる事だったのだ。


「それから⋯⋯パラミータ達は不正に手にした「薬」を売っているらしいと父達は見ている。だから俺に監視と証拠を集めるよう任務を下した」

「⋯⋯家族なのに、ですか」

「家族だからだ。貴族の義務を遂行する努力をせず、侯爵家に害をなす者は家の存続と名誉を守る為に家族でも切り捨てる。それがスカラップ侯爵家の矜持だから」


 そう、上位になればなるほど自身により厳しくあらねばならない。

 貴族はその家名と歴史を重んじ、継承させて行く事に矜持を持っている。だから、血を分けた親、兄弟⋯⋯家族でも切り捨てる事を厭わない。それはある意味仕方のない事ではあると貴族の世界で生きる者なら理解している話。


「俺はパラミータ達を調べる為と自分の為に話に乗った振りをした。それをシュリンに聞かれたんだ」


 そうよ。聞いていたから私も茶番を演じたのよ。

 一目惚れしたから、好きだったから。

 どんな扱いをされても分かっているから傷付かないって。

 でも、優しくされる度に苦しくなっていた。優しくされると嬉しかったし、素直に喜びたいと思うようになってしまった。

 それを抑えて隠して偽って。


「知っていたからシュリンはいつも俺に他人行儀だった⋯⋯距離が離れたままだったんだ⋯⋯」

「私はセリオル君から熱すぎる情熱を聞いていたからね、シュリンに気持ちがあるのならとしていたんだよ。でも、セリオル君の説明不足、シュリンの思い込み。これが解消されなければ君達の婚約は解消も致し方ないね」


 お父様が珍しく意地悪な笑顔でそう言うとあの人は絶望に顔を歪めた。


「どうか、時間をっ、時間を下さい!」

「んん? セリオル君。家族を疑うのは辛い事だと思うよ。気を許されるよう常に一緒に居ないとならないしね。けどね、私は君と出かけたシュリンが毎回一人で帰ってきているのを知っている。いくらなんでも⋯⋯ないと私は残念に思ったよ」


 驚いた。お父様が知っていたなんて。

 毎回パラミータ、ミディアム、ウェルダムが現れて追い返されていた。

 いかにも送ってもらったかのように振る舞っていたつもりだったけれど、お見通しだったのね。


「それは──」

「それは私からお話しましょう」


 突然増えた声。私達の視線は応接室の入り口へ集中した。


 開かれた扉からゆっくりと優雅な仕草で現れた人物に私は驚きに背筋が伸びた。

 そこにはあの人の父親、スカラップ侯爵が立っていたのだから。

 

「無礼な訪問を失礼いたしますフリンダーズ子爵」

「いえいえ、お出迎えせず申し訳ない。ご足労いただき有難うございますスカラップ侯爵」


 父親達が互いの失礼を詫びながら握手を交わしている。

 これは一体⋯⋯。


「ちょうど良い時間だ。食事をとりながら話そうではないか。ネフロの好物、サーモンとクリームチーズサンドを手配して来たぞ」

「食べ物で懐柔しようとしているな? まったくオルモーは昔から手段が変わらん」

「絆されるお前もな」


 ネフロは私のお父様の名前。オルモーは侯爵様の名前。最初の挨拶以降、親しげで友好的な姿を見せる二人に私とあの人が固まり、驚きに顔を見合わせた。

 

 そんな私達を二人は眺め、満足そうに笑ったのだった。

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