第4話 結成、被害者の会?【回想】
レモラが指定した「ルヴァンガ」は甘くて幸せな香りに満たされている店だった。
通された個室は店の二階。予約すればどんな身分でも個室でお茶やケーキ、食事と会話を楽しむことが出来るのだとレモラが笑った。
「ここはね、我が家がやっているお店なの。あっ、ちゃっかりしてるって思ったでしょ」
「ええ、少しだけね。でもこのアップルパイは絶品だわ。レモラ推薦に偽りなしね」
「でしょ? 飲み物はアイスティーが良いかしら? シュリン好きだって言っていたわよね」
少しばかり砕けた感じのレモラ。これが彼女本来の性格なのだろう。
おかげで緊張はなく、私達は昨日会ったばかりだと言うのに「レモラ」「シュリン」と呼び合うようになった。
「あー、ごめんなさい⋯⋯私アイスティーが好きなわけではないの。昨日はアイスティーを持って来たからそう答えただけで⋯⋯本当はハニーレモンが好きなの」
「あらららら⋯⋯」
「それに、昨日はあの後、あの人の妹が現れて、歩いて帰ったから⋯⋯まあ、毎回だけど。だから疲れている時は甘いものとハニーレモンよ」
「ええ!? ラルが「ちゃんとエスコートしろ」って言ったのに!?」
「いいのよ。向こうは遊びなのだから私も割り切って楽しませてもらってるし。だって私はあの人の「顔」に一目惚れしたんだもの」
「ああ「顔」⋯⋯潔いわね⋯⋯まあ、私も似たようなものか」
私達はお互いの顔を見てクスリと笑い合う。
「私はあの人達の娯楽のために偽りの告白が始まりだけどレモラはどうして?」
「私はラルの婚約者、アルバ様の茶番。私は身を引かない身の程知らずと言う事にされているのよ。彼女達の中では」
アルバ様はトロス公爵家の令嬢。幼い頃からエポラル王太子殿下と婚約関係にある。
レモラとの噂の他に殿下とアルバ様が不仲だとか聞かないし、かと言って仲睦まじい話も聞かないのは雲の上の人達だからかなと思っていた。
しかし、アルバ様はそれが「退屈」なのだとか。
「私とラルが出会ったのが王宮の園遊会なのは本当。でも招待客でもなく、無理矢理入り込んだのでもなく、私は園遊会の軽食とデザートを提供する側だったのよ。この「ルヴァンガ」のね」
その日レモラは裏方として忙しく働いており、王太子殿下の存在など気にも留めていなかったそうだ。
会も終盤になりレモラが片付けの工程を見直していた時だった。
「ほら、パーティーのテーブルってクロスが掛けられて中が見えなくなっているでしょう? 私達はテーブルの下にデザートと食事の説明や並べ方、片付け方の書類を隠していたの。すぐ対応出来るようにね。行儀の悪い事なのだけれど、それを見るために私はテーブルの下に入っていたの。そうしたらね──」
レモラが隠れているテーブルに誰かが近付いて来た。
「まあっ楽しそう」
「だろ? 暇つぶしにもなるし何よりアルバの評価が上がる」
「エポラル殿下もアルバに頭が上がらなくなるし良い事だと思うわ」
その声はアルバ様と誰か。その時は分からなかったらしいが先日のスカラップ侯爵家で悪巧みをする彼らの声を聞いてフィレ侯爵家の双子の声だとレモラは確信したらしい。
それからもテーブルの下に隠れているレモラには気付かず彼らは楽しそうに続けた。
それは、めぼしい下級貴族の女に命令して殿下に告白させる。そこで振られればそれはそれで面白いし、もし、殿下が気に入っても婚約者がいるのに不貞を行ったと咎められる。
アルバ様は不貞をされても一途に殿下を想ういじらしい令嬢になれるし、不貞を行った殿下はアルバ様に強く出られなくなる。そう言う会話だった。
「でも、今日は下級貴族は来ていないわよ? 王家主催だから当然だけれど」
「いるじゃないか。このチンケなデザートを並べている子が。これ、男爵家の店のものらしいぜ」
「安っぽいと思っていたけれど、どうりでわたくしの口に合わないはずよ」
「では、その子を探して告白させましょう。下級貴族が王太子殿下に身の程知らずにも告白する惨めな姿。良い見せ物になるわ」
安っぽいと言うけれど王家が認め、正式に王家から依頼されたからパーティーに並べているのにそれを貶し、笑う三人を殴りに飛び出さなかった自分を褒めてあげるの。とレモラは悔しそうに笑う。
私も苦々しい気持ちになる。あの双子はどれだけ性格が歪んでいるのか。
「彼女達が居なくなって私は見つかる前に先に帰らせてもらおうとテーブルを出たのよ。そしたら⋯⋯隣のテーブルからラルが出てきて、私びっくりしちゃったわ」
エポラル殿下とお互い這い出る姿でおかしな「初めまして」をしてしまいレモラは「オワッタ」と思ったらしい。
うん。私もそんな状況になったらそう思ったでしょうね。
「ラルの第一声が「聞いてた?」だもの思考停止したわ」
殿下はアルバ様と一緒にいたらしいが誰もトロス公爵家の権力にものを言えないのをいいことに誰彼構わず嫌味を言うアルバ様に疲れて隠れていたらしい。
そこに彼女達の話だ。それを聞いた殿下は最低な奴らだと怒ってくれ、下級貴族のレモラを気遣ってくれたそうだ。
「やられる前に仕掛けるぞ」と殿下はアルバ様との婚約を破棄に持ってゆく、レモラは一泡吹かせたいと、殿下とレモラは共同戦線を組んだ。
レモラはアルバ様に見つかるように動き彼女達の計画通り命令を出され、身の程知らずにも会場に姿を現した不躾な令嬢を演じ、殿下に近付いた。
「彼女達の計画と違ったのは私がラルに告白したのではなくてラルが私を見初めた事にした事。正室には出来ないが側室に迎えよう。そう宣言すればこの国では不貞にはならないもの」
ああ、そうね⋯⋯。正妻を蔑ろにしなければ貴族は愛人、妾何でもあり。
まして王太子殿下だ。側室は不貞ではなく王家の血筋を絶やさないよう認められた制度。
まさか一目しか会っていないレモラを側室にすると言い出すとは思っていなかったアルバ様と双子は慌てていたらしい。その時は少しだけ気が晴れたとレモラは笑った。
「僕とレモラの始まりは共に戦う戦友。けれど、レモラは僕の評判が落ちないように努力してくれている。礼儀作法も勉強も⋯⋯僕の身を守るために毒見まで身につけてくれた。そんなレモラに惹かれるのも当然の変化だよ」
「もうっ! 出てくるのは無しって言ったわよ? シュリンが恐縮してしまうじゃない」
エポラル王太子殿下の登場に言葉を失った私にレモラが「ごめんね」と申し訳なさそうに肩をすくめ、同じように肩をすくめる殿下に私はなんだかおかしくなってしまった。
「シュリン嬢、昨日も言ったけれど僕が必要になったなら頼って来て。君はセリオルが好きだから付き合う事を楽しむのだと言うけれど奴らだけではなく周りも何をしてくるか分からない。権力には権力が必要になる時が必ず来る」
「ありがとう⋯⋯ございます」
私は泣きそうだった。はたから見れば私は憧れの侯爵家嫡子に告白されて恋人になった嫉妬の対象でもある。それが偽りの恋人だとしてもそれを知るのはあの人達と私だけ。刃を向けてくるのはあの人達だけではない。
偽りの恋人を楽しむ。自分で決めた事だけどやっぱりどこか寂しかった。
「セリオルとはよく顔を合わす。少し気になる事があるから僕の方でも気にしておくよ」
「そうね、私も引っ掛かっているわ。何がとは言えないのだけれど」
「えっ、そんな、お二人も大変なのに私の事は⋯⋯」
「いいのよ。私達の都合とシュリンの都合。それが合っているのだから」
「僕達はアイツらの本性をここぞの場面で暴くつもりだ。アイツらのやっている馬鹿な事の事例は多く入手しておきたい」
「あの、でも⋯⋯アルバ様は殿下の婚約者ですよね」
「アルバには婚約者としての義務は果たしている。そこに愛を育てるべきだとアイツは言うだろうけど、育てる以前に相手を試し、身分を笠に着て人を馬鹿にする性悪な女を愛せるか? 少なくとも僕は嫌だな。価値観の合う相手を見つければ良いだろう。フィレ姉弟のウェルダムと相性いいんじゃないかな」
だろうな⋯⋯性格が悪い者同士、ウマが合うだろうな。
「シュリン嬢が恋人を楽しむと言ったのはアリだと僕は思ったからね。僕達も楽しみながらアイツらを悔しがらせようじゃないか」
「ふふ、本当。ねえシュリン。私達「お友達」から始めましょう?」
ニヤリとする殿下とレモラに私も笑顔を返す。
そうよね。あの人の恋人も楽しむけど恋には恋話する相手がいたらもっと楽しくなるものよね。
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