第9話 「リシス到着と神官」


 あれから特に問題なく時間が経ち、出発してから三日が経った頃、リシスの街に荷馬車が到着した。

 不思議な事に特に検問もなくすんなり通され、街中に入るとその美しさに全員が惚けた。


 水が豊富だ。この街だけ。どこから溢れだしているのかは分からないが、家々を分けるように小道に小さな水路がひかれ、拓けた所には噴水がある。


「綺麗…」


 クロエがほうっと感嘆をもらす。シエラも目を輝かせヴァンに服をつままれて走り出そうとしているのを止められていた。


 アドラさんはそんな私達を一通り眺めたら、もう行くぞ、と声をかけてきたので頷けば実にあっさりと立ち去ってしまった。


 相変わらず空は晴れ渡っていて美しい。水が溢れたリシスはそんな空を映しこんだようなそんな美しさがある街だった。



「お待ちしていました」



 さて何を食べるかと話はじめた時。不意にかけられた声に全員で反応し顔を向ける。

 目元を隠し、青い神官服に身を包んだ女性。


 彼女はにっこりと微笑み、私達に両手を広げ深く深く礼をする。


 周りがざわめくのがわかる。聞こえてくるのは選ばれただのなんだの。アドラさんから聞いてた話は覚えている。選ばれたら神秘の泉に行けると。だがそれは神殿に向かった時に判断されるはずだ。


 待っていたということは私達が来ることを知っていて。



 そして目の前の女性はそれを歓迎している。


「…初対面では?」

「えぇ、私はあなたがたとお会いするのは初めてです。ですが、お待ちしておりましたのも事実」


 ヴァンが剣に手をかけ背にクロエとシエラを隠した私の前に立つ。いつでも斬られる状態なのに丸腰である神官の女性はただニッコリと開いていた手を祈るように組み、そして。


「空に舞う翼を持つ、尊き方よ、そして尊き心を向けられた方々よ。我が神殿へこのまま着いてきてください」


 そう、私達にだけ聞こえるように魔法を駆使して、告げてくる。元々行く予定ではあったのだから、異論はない。


 ないのだが、あまりにも気味がわるかった。



 ―――――――――――――――

 ――――――――――


 神官の名はリシュ。この神殿を古くから見守る一族の娘だという。目元を隠すのは真実を見るため。青い服に身を包むのはかつて人を守った神女の力を借りるためだという。


「…そろそろお聞きしても?」

 個室に案内され私達が座り声をかけると、お茶を用意しながらリシュはそっと話し始めた。


「空に舞う翼を持つ、尊き方よ…何を知りたいのでしょうか」

「その翼だの、尊きだの一体なんなんですか」

「翼は自由の証。どこへでも飛べて、どこへでも帰れる。…もがれなければ。心当たりがあるでしょう」

「いえ、ありませんが」

「では呼び方を変えればご理解いただけますか、隣国の王太子殿下」


 惚けてみたが、翼のくだりは鳥になれることを指しているので間違いないか。自由の証ってのも、あのくだらない城から飛び出した時に駆使したからだろう。


 より警戒を強めるヴァンに首を横に振ってみせ、リシュの出した紅茶に口をつけてみる。


 毒はなさそうだな。


「シエルです、そう呼んでください」

「分かりました、シエル様」

「…様は」

「いえ、呼び捨ては許されておりません」


 やりづらいなぁ。

 クロエも腹を括ったのか紅茶に口をつけ、ヴァンとシエラも口をつけた。

 スッキリする紅茶は癖がなく飲みやすい。


「それで、なぜ私達を待っていたと?」

「全ては泉の導きです」

「……」

「ここの泉には特殊な力があり、そして貴方々はそれに選ばれた。食事を取る前の方が都合が良いので先にご案内させていただいたのです」


 ニコリと微笑んだまま、リシュは再び祈るような仕草で頭を少し下げる。


「知る権利が貴方々に与えられたこと、喜ばしく思います」


“知る権利”…?



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